関羽と張飛がボロボロのズタズタになって仕留めた、いや正確に言うと仕留めたのはであって二人は爆発の名残という名の大穴からご臨終になった猪を担ぎ出してきただけなのだが、まあとにかく首をさっくり落とされた猪を見事な腕前で諸葛亮が解体し、その日の夕餉は劉備もうっとりするほどの馳走となった。

「うむ、やはり牡丹肉は雑草とははるかに味が違う。いや、あの名も知らぬ雑草も鍋にしてしまえばうまかったといえばうまかったが、やはり肉は格別だ!なあ雲長?」
「兄者・・・比べる対象が・・・肉と雑草というのは・・・諸葛亮殿に失礼では」
「本人達に聞こえてなかったらいいんだよ、雲長。うん、いいのだ」

あれ、兄者?そんな爽やかな笑みを浮かべて言うことかな?
義兄のちょっとした一面に義弟その1は箸を止め義弟その2を仰ぎ見たものの、もう一人の義兄弟は肉に夢中で義兄のちょっとした一面に気付いていない。
いや、隣に座っているのだ、勿論二人の会話は聞こえてはいただろう。
となると考えられるのは一つ。


▲ちょうよくとくはきかなかったふりをはつどうした!


何事においてもまっすぐ一直線な関羽には発動できないアビリティだ、いや寧ろ習得できないといったほうが早いかもしれない。
そしてそんな凸凹三人組の前で同じように鍋をつついている諸葛亮夫妻はといえば

「はい、あーん」
「あーん・・・ん、まーい!」
「ふふ、おいしいですか、そうですか。はい、ちゃん、あーん」

明らかに男と女の役割を間違えたまま無駄に桃色な雰囲気を醸し出している。
もしかしなくてもこの夫婦は常に

「はいちゃん、あーん」
「あーん、孔明くんおいしー!」

なんて本人よりも周りがこっぱずかしいことを行っているのではないだろうか。
いつの間にか一緒に鍋をつついている諸葛亮の弟だという諸葛均は二人の桃色雰囲気を気にすることなく、いや寧ろ見えない衝立を隣においているかのごとく鉄壁の無表情だ。
関羽はこの諸葛亮夫妻とともにこの庵を出立してともに行動するまでに諸葛均のその素晴らしい処世術を伝授してもらわねばと、はや痛み出した胃の痛みに涙を我慢しつつ気負いたった。
そう、劉備の軍の要である軍師として陣営に迎え入れたのだ、諸葛亮の存在はこれからとても大きなものとなる。
そんな大きな存在となる人物が目の前のアレやコレなんて、冗談ではない。
によれば諸葛亮夫妻が従軍するに当たってまだ歳若い諸葛均は知り合いのところに預ける事になったらしいが、恐らくそれは諸葛亮による体のいい厄介払いに違いない。
もう一人少し前まで諸葛亮の妹もこの庵で暮らしていたと言っていたが、彼女も諸葛亮の勧めで知り合いの親戚筋に嫁いでいったのだという。
どこまであの白南瓜は妻の為に血の繋がった兄弟を切り捨てていくのだろうか、本人には怖くて言えないが関羽はぶるりと無駄にでかい身体を震わせた。
やはり胃が痛い、なんだかあと一週間も経てば胃に穴があくかもしれない。
隣で豪快に鍋をかっこんでいる張飛の頭を無性に殴りたくなったが、ふと目に入った鍋の中にほとんど肉が残っていない事に気付いた関羽は慌てて残りの数少ないカス肉に手を伸ばしはじめた。

「しかし、モグモグ、諸葛亮殿を我が陣営に、モグモグ、迎え入れる事ができてモグ幸せだ!」
「兄者、行儀が悪いので食べるか喋るかどちらかになされい!」
「これで鳳雛殿もいらっしゃったら曹操みたいなチビ髭なんてケチョンケチョンのギッタンギッタンにできるのになァ」
「え?拙者の言葉は無視?」


▲りゅうげんとくはきかなかったふりをはつどうした!


タイムイズマネー、時は金なり、せっかちな劉備の大好きな言葉だ。
徐庶は臥龍と鳳雛のどちらも知っているようではあったけれど臥龍である諸葛亮の存在だけ匂わせ鳳雛の話は決して口にしなかった。
水鏡先生のもとで学ぶ同門の二人が知り合い出ないはずがない、劉備はあわよくばこのまま諸葛亮のほうから鳳雛に関しての情報を聞き出そう、寧ろ陣営にお誘いしてくれないかなァなんて安直な願いを胸に抱えていた。
どうせ諸葛亮と同じで手ごわいのだろうなとも思ってはいたが、多少夢見たっていいじゃないかという気持ちでいっぱいだったのだ。

「ムグ、鳳雛殿?」
「おや、殿は鳳雛と呼ばれる方をご存知か?」

頬いっぱいに肉を放り込んでいるの姿に多少新鮮さを感じつつ劉備は食いついてきてくれたに感謝の念をこめ笑顔で顔を向けた。
しかしすぐにの隣で箸を持ったまま般若の形相で睨みつけてくる諸葛亮に気付き慌てて視線をあらぬほうに向ける。

「鳳雛殿ならよーっく知ってますよ。孔明くんのお友達ですし、孔明くんの妹の鈴ちゃんの旦那様が鳳雛殿の従兄弟なんです。その際に孔明くんとは義兄弟の契りを結んでいるんですよ、ねえ孔明くん?」
「ええ、その通りです」

何故会話するのに目を見て会話ができないのか、顔すら見てはいけないのっておかしくなーい?
劉備はそう思いはすれど決して口にはしなかった、既に諸葛亮の恐ろしさは身をもって知った。
これ以上自分にトラウマは必要ないし、主従関係が逆転してしまうような要素も必要ない。
しかし我が陣営にと狙っている鳳雛殿が諸葛亮と義兄弟だとはなんて幸運、さすが玄徳、やはり私は幸運の星の下に生まれてきたのだ!と一人悦に入り込みながらならばと話を切り出そうとしたところで

「でも鳳雛殿ってばこの間お引越ししちゃったんですよね」
「・・・・へ?」

問題発生。

「このあたりもきな臭くなってきたからって家族を連れて江東のほうに移られたんです。本当つい先日のことなんですけどね」

大問題発生、いや寧ろタイミング悪すぎといったほうがいいのか。
劉備はあらぬ方を向いたままどこか遠い遠い場所に意識を飛ばし始めた、そうでもしなくてはやってられない。
そんな義兄の姿に心を痛めつつちらりと諸葛亮に視線を向けた関羽は『ざまぁみろ』とばかりにニヤリと笑う諸葛亮の姿を見てしまい、ギリギリと胃が今日一番の痛みを訴えかけてくるのに義兄同様に意識を飛ばしたくなってしまう。
本当にこの劉備軍はこの軍師を迎え入れていいのか、最早手遅れとは思いもせずに関羽は腹部を押さえた。
しかし捨てる神あれば助ける神もあるのだ。
団欒とは程遠い夕餉を囲む諸葛亮の庵に関羽がこの先神とあがめていくべき女傑が突如乱入してきたのだ。
文字通り乱入、バコーンと勢いよく開け放たれた木の扉はその扉の前に腰をおろしていた張飛の巨体を吹っ飛ばしたのだから。

「夕餉のところをお邪魔しますよ!!」
「よ、翼徳ぅ!?」
ああ!肉がもったいない!!

吹っ飛んで鍋に顔を突っ込んだ張飛を心配すべきか、それともこの突如現れた人間を警戒し義弟よりも牡丹肉を心配する義兄を守るべきか、関羽は一瞬で後者を選び取り劉備の身体を自分の背に隠した。
庵の入り口付近に義兄弟三人組は腰かけていたため乱入してきた人間はいまだ中腰姿勢のままの関羽の目の前で仁王立ちしていることになる。
しかもその人物は女性でありながら

(なんで草刈鎌ァ!?)

右手にキラリと刃が光るとてもよく研がれた鎌を構えているのだ。
男でも扱うことのできる人間が少ない自身の青龍偃月刀を軽々と振り回すという存在をつい先程目の当たりにしているだけに、鎌を手に持った目の前の女性が怖くて怖くて仕方がない。
しっかりせぬか関雲長!と自分に言い聞かせ恐怖の感情を表情にださないにしても内心は冷や汗ダラダラものである。

(やはりこの諸葛亮殿の庵はなにか呪われている!呪詛まみれに違いない!!)

自身の背中の後ろで「翼徳、翼徳、早く鍋から顔をあげろ!今ならまだ1・2・3の法則で鍋の中のものが多分食べられるはずだ!」なんて頓珍漢なことを言っている劉備はとりあえず放っておこう。
関羽はほろりと涙を零しつつ目の前で仁王立ちする女性を果敢にも睨みあげた、腰はいたってへっぴり腰になってはいたが。

「月英お姉ちゃん!」
「げ・・・月英・・・義姉上・・・チッ
「「姉上ェ!?この草刈鎌がぁ!?」

驚きの声をあげる関羽と劉備をよそに月英と呼ばれた女性は目の前に関羽という壁に程近いでかい男がいるというのにまるで視界には入っていないかのごとくその向こう側に腰掛けている諸葛亮夫妻に向かって声をはりあげた。

!孔明殿!お話は聞きましたよ、この荊州を出て劉備殿とやらに着いて行くそうですね!!この黄月英、勿論あなた方についていきますからね!」
「え!?お姉ちゃん!?」

なんだか爆弾発言が飛び出した気がしないでもないが関羽はさっくり無視されるという現実に本日何度目かわからない胃の痛みに悩まされ始めた。
劉備はといえばなんだかよくわからない展開に目を大きく見開いて月英と諸葛亮夫妻の顔を交互にきょろきょろと見渡している。
最早彼の頭の中から牡丹鍋に頭から突っ込んでいる溺死寸前(原因は出汁)の張飛は消え去っているに違いない。
劉備の目が嫌になるほどキラキラと光り輝いているのだ、こんな目になったあとの劉備は手に負えないということを劉備軍の古参たちはよーーーーーっく知っている。

「ちょっとお待ちなさい、月英・・・義姉上。あなた、私達についてくるだなんて・・・正気ですか!?」
「正気も正気、私一人置いていくこと決して許しませんッ!!」
「な、なんて邪魔な義姉なんでしょう・・・っ!!とことん私とちゃんの仲を邪魔する算段ですねっ!?」
「あら、いつ私が貴方たちの中を邪魔したというのです?失礼な事をいう口はこの鎌で更に広げて差し上げてもよろしいのですよ、横に

あわや口裂け男誕生の瞬間である。

「月英お姉ちゃん、一緒に来てくれるのはとても嬉しい。嬉しいけど、本当にいいの?」
「当たり前です、可愛い妹を飢えた男たちばかりの園に一人放り込むだなんて!!私が成敗いたします、孔明殿もろとも!それに」
「あれ?なんか今聞き捨てならないことを言いませんでしたか、月英・・・義姉上」
がこの地を離れてしまったら私が父の老後を一人で世話しなくてはならないではないですか!冗談じゃありませんよ、私の輝かしい未来が父の老後の面倒で露と消えてしまうだなんて」

冗談じゃないのはそんな理由でついてくるお前だ月英。
諸葛亮をはじめとする男達の音なき声は空しくそれぞれの心の中で風化することになる。