たとえ戦でも子供のお世話でもなんでもござれな佐助でも失敗をすることはある。
ちなみにその「子供」はいつまでたっても子供で、結局子供が「子供」であったからこそ今回のハプニングは起きてしまったのだ。
と、・は分析しました。
ちょっと哲学的で主任ぽくない?と懐かしい気持ちになったことはヒミツです。
それはさておき、一体なにがおきたのかというとお仕事帰りの佐助がつい幸村の『本日のお菓子』を食してしまったことが発端で。
そのことに気付いた幸村が盛大にむくれながら幾つかある蔵の一つに閉じこもってしまった、らしいのです。
おいおいと呆れる事なかれ。
食の恨みは恐ろしいと昔から言うように、たとえ17歳になっていようが幸村は幸村でお皿の上にあるはずの団子がない事に気付いた幸村は涙目のまま佐助の名前を大声で叫んだ、らしく(女中談)佐助が気まずそうに「あ、やっぱり旦那のだった?」と言ったところで涙目は本格的に涙を流しだした目にかわり、佐助の馬鹿と同じ台詞を何回も何回も叫びながら蔵に閉じこもった、らしいのです。
ぜーんぶ人づてに聞いた話だけれど、どうやら本当の話のようであたしと佐助の目の前にある倉からは時々しくしくと泣き声が外にまで聞こえてくる。
無理矢理散歩中のところを佐助にヘルプとばかりに引っ張られ連れてこられた先でこれだ。
そのハプニングが起きた経緯を聞いただけでも「なにその作り話」とさえ思ったのにだ。
倉に連れてこられたら恨めしやとばかりに泣き声が聞こえてきて、口の端が呆れてる時のキャサリンのようにヒクヒクと引き攣った。
「本当にdoggy boyは17歳なわけ?」
「・・・・・・一応ね、多分ね、俺サマもちょっと自信ない・・・・かな?」
ため息とともに吐き出された佐助の言葉にごもっともとばかりに頷いてしまう。
自分が17歳のときはまだハイスクール真っ盛りで、大人ぶっておきながらまだまだ母親と弟とそれからマックとクレアにべったりだった。
幸村はまるで大人と子供の境目にいるような人間で見ていてとてもあやふやな気持ちにさせられるが本人がそのことにまったく気付いていなくて、でも気付いていないからこそこの時代では生きていけるのかもしれない。
でもいくらなんでもこれは17の男のすることではない。
『それがしは17でござるぅ!殿の馬鹿ァ!』
「What!? Say again, doggy boy!! (なんですって?もう一回言ってみなさいよ!)」
『うわーん、それがしの団子を食べた佐助もわけのわからないことをいう殿も嫌いでござるぅ!!』
倉の天窓から聞こえてくる幸村の声に思わずFuck!と指をつきたててしまいそうになる。
良い子のさんはそんなことをしないのよと軽く深呼吸をして、佐助のほうに振り向けば佐助も珍しく眉を八の字にしてもう何回目になるのかわからないため息をついている。
幸村の奇行には慣れてるんじゃないの?と小さい声で尋ねれば、倉に閉じこもったのは今日がハジメテなのと言われてしまう。
幸村の奇行っていうところが軽くスルーされたところをみると、倉に閉じこもるまではいかないまでもいつも何かしらおかしい行動はとっているようだ。
ていうかいまだに信じたくないのだけど同じ顔してるんだし、おかしい行動されると自分までおかしいことをしてしまったように感じるから是非ともやめてほしいものだ。
今すぐに。
「新しいおやつ、買ってきたら?」
「買ってきたんだけど出てきてくれないの。俺が食べちゃった団子じゃないとイヤだってごねちゃってるの」
「Bloody hell!(なんて子!)」
佐助と小さい声でごにょごにょ話してる間も倉からはシクシクシクシクシクシク・・・・本当にウザイ。
しかも合間合間に「佐助の馬鹿」だの「殿のいけず」とか聞き捨てならない言葉を言ってくる始末で、本当にどうしようもない。
「Doggy boy、今すぐ出てこないと大変なことになるよ」
『殿には関係ないでござる、それがし佐助に怒ってるでござる』
「うわぁ、旦那ってば超ウザ!!」
お前が原因だろうともろに顔をゆがめた佐助の頭を叩いておく。
「何年か前にね、誰も足を踏み入れないような山になにか詰まった大きな袋が捨てられてるって通報があって仲間と駆けつけたことがあったの」
「え、、一体なんの話?ていうか旦那をなんとかしてよ」
「ちょっと黙って聞いてなさいよ、このニンジャ」
「ニンジャって・・・そりゃ忍者だけど、なんかちょっと馬鹿にされてるような気がするの俺サマだけ?」
「聞いてる、doggy boy?君の一生にかかわる話だからしっかり聞いててよ」
『・・・ぐすっ、それがしの・・・団子』
まだ団子言うかと倉に閉じこもってなかったら思い切りつっこんでやるところだが、あいにく犬っころはまだグスグス鼻をならして倉の中だ。
「袋のある場所にかけつけたらね、ものすごーく鼻がひん曲がりそうな匂いがあたり一帯に充満してたの。腐った卵なんかよりも強烈な匂いよ。しかもね、袋をもちあげようとしたらタプンタプンなにか液体のようなものがゆれる気配と音がするの」
「その鼻がひん曲がりそうな匂いって袋からしてたの?うわぁ、どんな匂いなわけ?ちょっと嗅いでみたいかも」
「やめたほうがいいかも。仲間以外の人は近くですぐにもどしてたから、胃液ごと。うん、それでね、その袋を持って帰って中を確かめることにしたの。部屋の中に持ち運ぶとさらに匂いが鼻についてね、服にまで染み込みそうだったし誰もその部屋に近づこうとはしなかったくらい」
『・・・・・ぐすっ・・・・・』
団子って言わなくなり鼻をすする音だけが聞こえてきたところをみると、どうやらあたしの話を聞いているか。
もしくは寝てしまっているか、なのだが幸村のことだから寝ているという可能性を捨てきれない。
聞いているという可能性にかけて、なぜか続きを促してくる佐助に一度ジトっと視線をよこしてから再びあの時のことを思い出しながら口を開く。
匂いなんて記憶にはないのにそれでも胃がムカムカしてくる、それくらい強烈な匂いだった。
「みんなでその袋をあけたらね、男性の服と白いなにか、それから黒い液体が中にはいってたの」
「白いなにか?黒い液体?」
「そう。調べたらその白いなにかは人の骨だってことがわかって、黒い液体のほうは・・・」
「・・・・うわ、ちょっと待って。それってもしかするともしかしちゃうわけ!?俺サマでも引くんだけど・・・」
『むぅ、一体なんだというのだ、殿!佐助、ちょっと五月蝿い、聞き取りにくいぞ』
その瞬間ヒクリと佐助の額の血管が浮き上がる。
さすが幸村、さすがdoggy boy。
「佐助の想像通りかも。その黒い液体はね、人間の内臓だったり筋肉だったり皮膚だったりしたものだったの」
「ひぇぇぇぇ・・・・え、液体人間?」
『ひ、人が水のように溶けてしまったのか?』
「そう、黒い液体はもとはちゃんとした男性だったの。人間っていうのはね、色んな炭素や分子、人の目ではみることのできないものでできていて生きている間は免疫力もあって大丈夫だけれど死んでしまったり弱ってしまうと外からも中からも分解されてしまうの。怪我をしたのに手当てをしないで放っておいたらひどいことになったりその部分が腐ってしまうということがあるでしょう?それと同じ。その男性は生きたまま袋に詰められてその山に捨てられてしまったの」
人としての尊厳を人によって踏みにじられたあの事件はすぐに解決したものの、とても後味の悪い事件だった。
店の営業の妨害になるから、そんな理由だけで捨てられたのだ。話を聞いているとき奥歯をかみしめて何かをこらえていたニックの表情は今でもありありと思い出せる。
「人は水にずっと浸かっていれば火が近くにある蝋のように、固いようでやわらかい、なにか溶けかけているようなものになるわ。そしてある程度湿度もあって外気の温度も高い状態で密閉された場所にいれば、人はその男性のように液体になってしまうの」
ガタガタガタン。
倉の中から何かが倒れたような音が響いた。
「そうね、doggy boy、今君がいる倉の中の湿度温度密閉度からいってちょうどそんな状態かしら。人が液体化しやすい状況っていうのは」
あたしがその言葉を発した直後、天岩戸のようにピッタリと閉まっていた倉の扉が中から壊れるかのように音を立てて開き赤色の物体が飛び出してきた。
真っ青な顔をした幸村は飛び出してそのままあたしの隣に立っている佐助の体にビタっとくっつきブルブルと首を横に振っている。
甘えているのか、怖がっているのか、微妙なところで判断しにくい。
くっつかれた佐助はというとようやく倉から幸村がでてきてくれたというのに今度は自分にひっついてどんなに言葉をかけても力づくで引き剥がそうとしても離れてくれないことに困ったようにため息をついている。
「え、液体になるのは嫌だ!それがし、まだ人のままでいたいしおやかた様のお役に立つのだ!」
「あーうん、はいはい、わかったからちょっと離れてくれないかなぁ、旦那。暑苦しいよ、俺サマ暑いの嫌いなの知ってるでしょー?」
「黒い液体にはなりたくない・・・まだ液体にはなりたくない・・・」
なんだかとっても効果あり、だったようだ。
「ちょっと、。このヒト、なんとかしてちょーだいよ」
「・・・doggy boy、人は確かに液体化もしちゃうけどそれは何日も何日もかけてだからね。その男性も亡くなってから二ヶ月ほどしてその状態で発見されたんだから」
「・・・殿はそれがしを騙したのか?」
「騙しただなんてとんでもない。時間はかかるけど人は液体化してしまうわ、条件さえあえば。あのまま何日も駄々をこねて倉にとじこもっていたら幸村もそのうち黒い液体になってただけよ?人として死ねないの、人として残らないの、残るのは骨と服と匂い、そして他の人の中にあるその人の記憶だけよ」
ぐりぐりと頭を撫でてやれば幸村はそうかと一言呟いて再び佐助の服に顔をつっこんでしまう。
「それがしは、人として死にたい。死ぬことは避けられぬことだが、人として死にたいぞ」
「それが当たり前なの。そんな液体になってしまう人なんてそうそういないし、そんな悲しいことがしょっちゅうあったら世の中おしまいよ」