「What're you doing? (なにやってんだ?)」
「Sheee,wait,wait! Don't move. (ちょっと黙って!あ、動かないでってば)」
それがしの目の前で政宗殿と殿がそれがしにはわからぬ言葉でなにか話しながらおかしなことをしている。
別に寂しいわけではない、隣には佐助もいるし反対側には片倉殿もいる。
寂しいわけではないが複雑ではある。
それがしと同じ顔をした殿が政宗殿と手と手をとりあって・・・・・・
「ぬおおおお!!破廉恥破廉恥ィ!」
「「Shout up!!」」
頭に衝撃を受けた。
隣から佐助の「旦那ってばお馬鹿さん」という腹の立つ言葉が聞こえてきたが殿と政宗殿の手前、ぐっと我慢する。
ここでまた騒ごうものなら今度は水汲みようのあった甕ではなく政宗殿の腰にある刀が抜き身でそれがしに向かってくるに違いないからだ。
「Ok, put your hand here.Yap, good (よし、じゃあここに手をおいて・・・そうそう、いい感じ)」
「これは手形・・・のつもりか?いったいお前、なにを」
殿に墨を手のひらに塗りたくられた政宗殿は差し出された和紙の上にそっとその手を置く。
パリと音を立てながら政宗殿の手から離れた紙面にはしっかりと彼の手の型がうつっている。
六本の刀を持つ政宗殿の手はそれがしの手よりも、佐助の手よりも節くれだっていてそして大きい。
おやかたさまにはきっと勝てないだろうが、それでもそれがしよりも大きいのはいただけない。
「ここ、指先にぐるぐるとうずまいている模様があるでしょ?fingerprint、指紋っていうの」
「どの指にもその指紋とやらはあるが、それがどうした?」
「じっと自分の指をすべて見てみて?10本あるうち同じ指紋があったら手をあげてー」
殿がそういえば政宗殿は勿論、佐助も片倉殿もじっと自分の両手を目の前に掲げて見入ってしまう。
かくいうそれがしも同じように自分の両手をじぃっと見つめているわけだが、どうにもこうにもこの人差し指と薬指の指紋とやらは同じように見える。
「はいはいはい!それがし、人差し指と薬指の指紋が同じでござる!!」
「はい、Doggy boyは人間失格」
人間以下の烙印をおされた。
自分の顔でにっこり微笑まれながら「てめぇ人間じゃねぇよ」といわれるとどうもこれ以上はないというくらい落ち込んでしまう。
といってもこの気持ちは誰にも理解されることはないが。
「人間の指紋は基本的に指ごとに全部違うの!同じ指紋があってたまるか!」
「それでどうしてそれがしが人間失格になるのでござるか!!」
「HAHA! よかったじゃねぇか、幸村。に犬だと証明されたってことだ!!
ケケケと憎らしい笑みを浮かべて笑う政宗殿に佐助が止めておらなんだらきっと殴りかかっていた。
「それがし、殿にどぎぃぼぉいと呼ばれるのは許したが政宗殿には許しておらん!」
「いいじゃねえか、減るもんじゃあるまいし」
「減る、減るぞ!それがしのぷらいどというものが減るのだ!」
「はいはいはーい、まだあたしの犯罪学講座が終わってないんだからケンカしないの。You see?」
「「いえぁ」」
「ハッ、発音わりぃな、甲斐の野郎は。Yeahくらい言ってみろよ」
それがしは大人だから我慢するのだ、ここでいつものようにぷっつんしてはいけない。
とはいえ佐助がそれがしの足の裏を見えないように思い切り抓っているから声を張り上げることすらできないのだが。
「さ、続けるわよ。この指紋っていうのは指ごとに全部違う模様なだけでなく、人によっても全部違うものなの。同じ指紋はこの世界に二つとないのよ」
「違う?おい、小十郎。お前の手のひら見せてみろ」
「は、はぁ」
「佐助!それがしにも見せるでござる!」
政宗殿は片倉殿の腕をひっぱって、それがしは佐助の腕を引っ張ってお互いの手のひらを見せ合わせる。
ぱっと見るだけでは同じものかどうかはわからないが、言われてみれば確かに佐助の指紋とそれがしの指紋はまったく違うものだ。
政宗殿も向かいで片倉殿の手を見ながらうーんと唸っている。
「政宗の指紋がべったりなこの紙を見てもらえばわかると思うけど、指紋の線が途中でとぎれているところがあるでしょ?さらにここみたいに一本の線が二本の線にわかれているところ、こういうところをチェックしていくの」
「ちぇっく?」
「確認ってことだ」
どのはそういうと政宗殿の指紋のいろんなところを指差してくれる。
「そうやってチェックしていったものを他の人の指紋と比べたりするの、そうしたらこの指紋は誰の指紋かってすぐにわかるっていう仕組み」
「人によって指紋は違うというのなら確かに誰の指紋か、確認できる点が簡単に見つけられるならわかるな」
「そう、例えば人の家に盗みに入ったバカは手袋をしていなければ壁や柱いたるところに『自分が犯人です』っていう証拠を残していくことになるの。まあその指紋を探すのに一苦労しちゃうけど」
そう言ってにっこりと笑った殿はそれがしの方に顔をくるりとむけ「手をだして」と言ってきた。
素直に自分の両手を差し出せば殿はさらに笑みを深め、先程の政宗殿と同じようにそれがしの手のひらに墨を筆で塗りたくっていく。
ひんやりと冷たい墨にブルリと体がふるえ殿のやりたいことがわからないものの、静かに彼女のすることを見守っている。
五月蝿い政宗殿も静かに殿のしていることを見守っていて部屋には五人分の息遣いしか聞こえてこない。
一通りそれがしの手に墨をぬりたくった殿は満足そうに筆をすずりにおくと、先程政宗殿がぺたりと手をおしつけた和紙を取り出し既にその存在をありありと示している彼の大きな手のひらの横にそれがしの手をべしっと押し付けた。
「殿?いったい、なにを」
「Lovely, take a look! Masamune and Yukimura, you are. (最高!ほら見て、政宗と幸村。あなた達よ)」
ぱりと音をたてはがされたそれがしの手の跡がしっかりと政宗殿の手の跡の横にうつっている。
やはりそれがしの手の方が小さい、指も短い。
「こっちが政宗、そしてこっちが幸村。二人そのもの、君たちがここにいる『証拠』」
両手でその紙をそれがしに見せてくれる殿はそれはとても嬉しそうに笑い。
それがしもつられて思わず笑みを浮かべてしまう。
視線をずらせば政宗殿も笑っていて、でもきっとそれがしも政宗殿も何故笑っているのかなんてわかっていないはずだ。
隣の佐助も、片倉殿も。
どうして笑っているのかなんて。
ただ、殿がそれがしと政宗殿の手のひらを嬉しそうに見るからそれだけで顔がゆるんでしまうのだ。
あとで殿と佐助の手の型もとらせよう。
おやかたさまにもお願いして同じ紙の上にあの大きな大きな手のひらの型をとらせてもらおう。
どんなに素晴らしい絵師がかいた屏風や襖などよりもきっとその一枚はそれがしたちがここにいたことを証明してくれる大切なものになるのだ。