「ふぅ」
「あら、大きなため息だこと」

キャス、そう言ってニックは肩をポンと叩いてきた同僚の名前を呟くと困ったように眉を寄せて笑いかけた。
メンバーの中で誰よりもしっかりとした体格の持ち主ながら笑うと子供のように見えるニックの視線の先にいる人物を見て、キャサリンはハハーンと唇の端をくいっとあげた。
彼女のその何かを発見した時の得意の笑みにニックは何かしら思うところがあったのだが、何も言わずキャサリンに向かって首をすくめるだけにしておく。
このCSIにおいても人生においても先輩に当たる彼女に対しては誰も彼もがタジタジになるのだ。
下手な事を言って色々つっこまれてはたまらない、グレッグじゃあるまいし。
ニックは早々にキャサリンのもとを離れ自分のラボに向かおうとクルリと体の向きを変えようとしたのだが、それよりもやはりキャサリンは上手だった。
彼の服の裾をいつのまにかしっかりと握り締めておりニックは体の反転すらできなかったのだ。

「あー、キャサリーン。勘弁してよ・・・」
「まあまあ、あなただって気になるからこーんなちょうど影になって見えないところであの二人を見てたんでしょう?ね、ニック?」
「・・・わかってるくせに、意地悪くない?」

くいくいとキャサリンの指差す方向には先程までニックがため息をつきながら見ていた二人がいまだ楽しそうに何か話し込んでいる。
ガラス張りの向こうはデヴィッド・ホッジスのラボで、勿論その持ち主であるホッジスはニックとキャサリンの視線の先にいる話し込んでいる二人のうちの一人だ。
そしてもう一人。

「変人同士気が合うのかしらね」
「ちょーっと、キャサリン!今なんつった?」
「あら失礼、グレッグのがうつっちゃったかしら」

、CSI捜査官の一人でグレッグ編纂による『CSIベガス変人ナンバー3』のうちの栄えある一人である。
残りの二人のうちの栄えあるもう一人はそのと現在進行形でおしゃべりに夢中になっているホッジスなのだが。
誰しもが認める変人のではあるが捜査官としてはなかなかに優秀でキャサリンとサラのもとでメキメキと頭角を現しつつある。
そして、そんな変人のはキャサリンの横でどことなくブスっとしているニックの片思いの相手でもあるのだ。
ただ片思いだと思っているのは当の本人だけで実際のところはムニャムニャムニャらしいが。

「みんなして変人変人変人、主任やホッジスはわかるけどは違うだろ?グレッグのやつ、一回ガツンと」
「やめたほうがいいわよ、そんなことグレッグにしたらもれなくあなたがナンバー3に予備軍から格上げになっちゃうから」
「予備軍?」
「独り言よ、忘れてちょうだい。それよりも、ほら!あの二人、いったい何の話をしてるのかしらね」

いらない事まで喋りかけてしまいそうになったもののそれをおくびにも出さずキャサリンはクルリと話の話題を転換させる。
案の定のことだ、すぐに食いついてきたニックは再びため息をつくと「もう30分もああなんだ」と隣に立つキャサリンの顔を見ることもなく口にした。
そういうあなたも30分ここであの二人を見ていたの?
キャサリンはそう聞きたくてたまらなかったが今日はまだ一件も事件が発生していないのだ、どうせ答えはYESに決まっている。

「グリッソムに見つからなくてよかったわね」
「なにがかな?」
ウワオ!!しゅ、主任・・・・」
ハ、ハーイ!グリッソム・・・・」

キャサリンの言葉に二人のちょうど後ろ側から誰かの声が二人の間に割り込んでき、その声に該当するべき人物の顔が頭に思い浮かんだ瞬間のキャサリンとニックの顔は盛大にひきつっていた。
案の定二人そろって振り返ればなにかうごめくものが詰まったビンを片手に抱えたグリッソムの姿。
二人もなれたものでそのビンの中身を尋ねることはしなかったが、こんなところで何をしているのかはキャサリンがいまだバクバクする心臓をおさえながら聞くことができた。

「それはこちらの台詞だと思うんだが・・・ん?とホッジスか?」
「あ、いや、主任!これは、あの」
のやつ、まだロスの話を聞いているのか?しょうがないやつだな」
「って、あれ?主任、あの二人の会話の内容知ってるんですか?」

別に見られても困る現場ではないのかもしれないがどことなく焦ってしまうニックに我関せずとばかりにグリッソムは片手のビンを抱えなおす。
ニックの質問にグリッソムは勿論とばかりに一つ頷き、抱えていたファイルから一枚のプリントを取り出しキャサリンとニックに手渡す。

「「科学捜査学会?」」
「そうだ、今回はロスで行われるんだがをベガス代表で行かせることにしたんだ。ホッジスはベガスの前がロス勤務だったろう、色々話を聞いておきたいとが目を輝かせていたからな」
「なんでまた?いつもならメンバーに行きたい人を聞いてから決めてるじゃない」
「今回は銃器類メインなんだ、が行かないなんて言ったらベガスに大雪が降るぞ。それに私が彼女に言うよりも早くこの話を知っていたみたいだ、誰から聞いたのかはともかくあんなに必死に頼まれたらいくら私でも断れない」
「・・・・・・・まあ、だものね」

ヒラヒラと学会内容について書かれたプリントを揺らしながらキャサリンはこれまた顔をひきつらせながら必死にグリッソムに頼み込むの姿を脳内に思い浮かべた。
そんなキャサリンの隣でニックはというと、日程一週間という文字に軽くショックを受けているのか自分の指で眉間をゴリゴリと押しやっている。

「まあそういうわけだ、ニック」
「良かったわね、ニック」
「これって良かったって部類にはいるわけ?のことだから出発するまで絶対にホッジスからロスのことをあれこれ聞きまわるだろうし、出発したら出発したで一週間も会えないなんて」

再び廊下にニックの特大のため息がもれた。
そんなニックの姿を見ていたキャサリンとグリッソムはパシパシと瞬きをするとお互いの顔を見合ってからポン、ポンとそれぞれ左右のニックの肩に手を置く。

「ニック」
「はい?」
「Words may be false and full of art, Sighs are the natural language of the heart(言葉は嘘であったり技巧を凝らしていたりするが、ため息は心から発せられた偽りのない言葉だ)」
「大丈夫よ、相手はホッジスだもの。あの二人の普段の会話、知ってるでしょ?繊維と拳銃の話を一緒にできる二人なのよ?」

首をニックがすくめたところでタイミングよく、事件を告げるべくグリッソムの携帯が鳴った。