事件が起これば3日間働き通しなんてことはざらにある、平均睡眠時間3時間なんて褒められたものだ。
だから、なにごともなくシフトが終わる日は最高に気分がいい。
普段補えない睡眠時間をここぞとばかりに補うもよし、誰かと飲みにいくもよし、デートをするもよし。
ロッカーのドアを閉めてからのことを考えると誰もがうれしくなる、はずだ。
はずなのだが、その日のニック・ストークスはとてもそんな気分にはなれなかった。
珍しく定時通りに帰れるにもかかわらずだ。
「よぉ、ニック。まだこんなとこにいたのかよ」
「ウォリック・・・」
ロッカールームのベンチに腰掛けてイジイジとなにやら携帯を触っているニックに声をかけたのは自他ともに認める彼のライバル、ウォリック・ブラウン。
そして彼の後ろに続いてロッカールームにサラ・サイドルもはいってくる。
ガコン、ガコンと薄暗い室内で二人はそれぞれのロッカーを開け放つと服を着替えホルスターから銃を外していき、お互いまるでタイミングを計ったかのようにニックに視線をずらす。
二人が着替えている最中もニックは相変わらずいじいじと携帯を触っていて、その姿はまるで『鬱陶しい』そのものだ。
「ちょっとニック。何も用事がないならさっさと家に帰りなさいよ。もしくはとどこかに行くのね、あの子ついさっき帰っていったところよ?」
鬱陶しい、とは言わないまでも邪魔だから早く帰れとあいも変わらずはっきりとした物言いでニックに口を開いたのはサラで、ウォリックはその様子を横目で眺めているだけだ。
こういう状態のニックに関わると碌な事がない、最近彼が学んだことである。
「・・・ね・・・そ、帰ったの」
「・・・・・・・・なんかマズイこと言った?」
「多分ね。ここ入ったときから俺は絡みだってすぐに気付いたけど」
サラの口から発せられたという名前にニックのまとう雰囲気はさらにどんよりと重たいものに変化してしまい。
サラはサラでという名の地雷を踏んでしまった事に今更ながらに気付いた。
「やっぱり俺をおいて帰ったんだ・・・そ、帰ったの」
「どうしようウォリック、ニックが壊れた人形みたいになっちゃったわ」
「俺にしてみりゃとっくの昔に壊れ果ててたと思うんだけど。・・・放っておけば勝手に帰るんじゃないか?まあそういうわけで俺は帰るか」
帰るから、おさきに。
そう言ってウォリックが二人に別れを告げるよりも早くニックが二人の名前を呼んだ。
サラはともかく、名前を呼ばれたウォリックはあちゃーとばかりに盛大にため息をついて自分の頭を抱え込む。
このさきニックが何を言って何をしようとするのか、なんとなくだが想像がつくのだ。
なにせがニックを置いて先に帰った理由を知っているから。
「ちょっと飲みにいかない?」
「へ?」
「やっぱり・・・」
ガンガンと脳髄にまできいてそうな音が鳴り響く、チカチカと規則性をもってころころ色が変わる照明にそこかしこで人間が所狭しとばかりに勝手に踊りまわっている。
ちょっと飲みにいかない?
ニックに誘われたサラとウォリックは返事をするよりも早くニックに腕を引っ張られ彼の車に押し込められ、気付けばこのクラブの中でぼんやりと立っている。
あれはお誘いではなく脅迫もしくは聞く必要のない誘いだと二人して客が踊っているフロアからはずれようとしながらゲッソリとここへやってくるまでの経緯を思い出していた。
肝心のニックはというと二人をポンとフロアに置いてどうやらドリンクだかアルコールを頼みにいったらしい。
「なんであたしとウォリックはこんなとこにいるわけ?」
「俺に振るなよ、そんなの俺が聞きたいんだから。でもここをニックが選んだ理由は知ってる」
「なにそれ」
「あっち」
そう言ってウォリックが指差した方にサラが眉をひそめて顔を向ければ、ボックス席になっている場所によく、よーく見知った顔が並んでいることに気付いた。
人の影に入ったり出たりで首を右左、はたまた背伸びをしたりとサラは一生懸命になってそのボックスをジト見している。
一人、二人、三人。
確かにニックがこの店を選んだ理由と、なぜロッカールームであんなに落ち込んでいたのか、なんとなーくわかった、いやわからざるをえなかった。
「に、グレッグにアーチー・・・なにしてるわけ、あの三人は」
「ニックには黙っててくれよ?今日は『29歳の会』の栄えある第5回目の会合日なんだってさ」
「29歳の会?なにそれ、またおかしな名前付けて・・・どうせグレッグなんでしょうけど」
「あの3人、同い年だろ?その上仲がよくて話もウマもあう。で、たまーに今日みたいに時間が空いたら三人揃って飲みにいったり遊びに行ったりしてるんだよな」
「「へー・・・」」
サラのちょっと抜けたような声に誰かの声が重なった。
と同時にウォリックとサラの体の間ににょきっと黒ビールがなみなみと注がれたグラスが差し出され、ウォリックとサラは思わず顔をひきつらせながらその手の持ち主に顔をむけた。
「ヘイ、ニック。ニッキー、お前さっきの話聞いてた?」
「勿論だよ、フレンド。よーっく聞こえてたよ、30オーバーの俺には参加できない話なんだろ?」
ケッとばかりにものすごーくやさぐれてニックは帰ってきた、一体ドリンクを取って帰ってくるまでの間にどれだけアルコールを摂取したのか。
はたまたアルコールのせいではなく、いつものが絡むとおかしくなるニック、なのだろうか・・・ウォリックにはわからなかったしわかりたくもなかった。
わかっているのは、『29歳の会』に参加できなくてニックがものすごーく落ち込んでいるという事実だけだ。
「あらニック、ならあたしだって29歳の会には参加できないんですけど?」
「サラは若いから大丈夫」
「それはどうもアリガト。で、に振られちゃってでも諦めつかなくて見張りにでもきたってこと?Mrニック・ストーカー」
「ブッ!!サラ、勘弁してくれよ!笑えるのに笑えないぜ?」
サラの発言に思い切り咳き込んだウォリックはしかめっ面でサラを睨みつけた、内心『グッジョブ』と思ってはいるが。
ニックはニックでサラの発言を気にすることなく、まるでスナイパーのようにボックス席を睨みつけている。
ただしグレッグとアーチー限定で。
「邪魔しないから一緒に行っていいか聞いた俺にがなんて答えたか知ってるか?」
「さあ?今日はと挨拶くらいしかしてないもの」
「俺も。あの会合があるのは知ってたけど、アーチー情報だったし」
「・・・・・・ニックはダメよ、30とっくに過ぎてるもの、今日は若い子の集まりなの」
のモノマネのつもりなのか甲高い声をだしたニックに今度はサラがゲフっと噴出した。
「たった4つだよ、離れてる歳って!俺ってオジサン?ねえ、オジサン!?」
サラとウォリックはカウンターにお互いのグラスを置きため息をこぼすと、二人揃ってまるで示し合わせたかのように左右からニックの頭をどついた。
「ええ、そうね!ニックがオジサンだっていうならあなたと同い年のあたしだってオバサンなんでしょーよッ!」
「んでそのニックより一つ年上の俺はさらにオジサンってわけだ」
ここに不本意ながらもオジサンオバサンの会ができようとしていた。