グリッソムの持つ紙の上で本物のヒューゴーはラフな服装でにこやかに笑っていた。
癖のあるブラウンの髪に同じ色の瞳、マリンスポーツでもやっていたのかと思える小麦色の肌、そしてほりの深い顔立ち。
ヒューゴーは典型的なラテン系の男だった。
今回ラスベガスのホテルで殺されたと思われる被害者は確かにブラウンの髪だったが癖はなくかりあげてあった、瞳の色は綺麗なグリーンで真っ白な肌、いわゆる典型的なホワイト(白人)だった。
「このラテン系の男がヒューゴーなのか?」
「そうです、ニューヨーク市警のほうに早急に送ってもらった資料ですから勿論正しいと思います」
「思います?確実ではないのか?」
「彼の勤めている会社の人に確認はとっているので彼は確実にヒューゴーなはずです。ただ本物のヒューゴーが殺された主任が持ってる資料の事件はまだ犯人が捕まっていないとかで詳しい話も資料ももらえなくって」
そういうとウォリックは困った表情を顔に浮かべ人一倍大きな体で首をひょいとすくめる。
肌にぴっちりとあった濃い紺色のティーシャツを着ているとウォリックの体がいかに鍛えてあるかがわかる。
かといって彼が決して筋肉バカ体力バカというわけではない、思い切りアウトドアな男というわけでもない。
ただラボにおいて比べる対象が対象ほとんどひょろりと色白の思い切りインドアなように見える人間ばかりというだけなのだ。
ひょいと顔をずらせば隣に立つグリッソムの全身がの目に入る。
比べるまでもない、少し猫背のグリッソムは確実にインドアな男の部類だ。
服を脱げなんて言えないがウォリックやニック、それにグレッグと比べるまでもないに違いない。
かくいうはというと大学を卒業するまで警察に入るか軍に入るか悩み続けていたのだ、小さい時から女としては上級のモノを確実にこなし身につけている。
暑いベガスでは早々薄着になることはないがたまに彼女がタンクトップ姿でいるとキャサリンとは違った美しいスタイルにラボの人間は思わず見とれてしまったほどだ。
「となると我々の見つけた被害者は一体誰かというところからリスタートというわけか」
「そうなります。一応被害者から採取した指紋のほうも検索をかけてみたんですが犯罪者からはヒットしませんでした」
パラリ、パラリ、パラリ。
グリッソムの手がウォリックから受け取ったファイルの中身の紙面をめくっていく。
ニューヨークで殺された本物のヒューゴー、ラスベガスで殺された偽者のヒューゴー、ニューヨークから取り寄せた資料にラスベガスでの資料、そして偽者ヒューゴーの写真。
「被害者の荷物はどうだ?めぼしいものはなかったか?」
「衣類と荷物の検査はが」
グリッソムの無骨な手が写真を一枚、そしてまた一枚とめくっていく。
ベッドの上に仰向けになって横たわる被害者、首筋がアップになった写真、そこには青紫色した細長い跡が彼の首に巻きつくように残っている。
「、荷物から被害者の身元がわかるようなものはみつかったか?」
顔のアップの写真、口からは白い泡になったものがうっすらと見えている、典型的な窒息死のあとだ。
そして写真は少しずつ下へとずれていく。
高そうとも安そうともいえないグリーンのポロシャツ、半そでからのぞく彼の腕は本物のヒューゴーなんかよりは筋肉質でがっしとしているように見える。
「、聞いているか?」
「うへぁ!はい、主任!!・・・・・・・なんでしょう?」
「おいおい、主任が隣にいるってのに・・・」
「彼の荷物から身元がわかるものは見つかったかと聞いているんだが?」
「あ、いえ!身分証明できるものは見つかってません、ウォークマンに着替え、洗面用具一式・・・あともろもろ、シンプルすぎるくらいの荷物です」
グリッソムが普段の彼よりも大きな声を出し彼の手の中にある写真を一心不乱に見続けるの意識を現実に戻す。
巻き子の口からはスラスラとよどみなくグリッソムの質問に対しての答えが流れ出るが彼女の視線はあいも変わらず写真に向けられており、グリッソムとウォリックのほうを見向きもしない。
例えば銃を触っている時、彼女の意識は銃だけに注がれ他のものには一切見向きもしなくなる。
耳は一応動いているらしいので他のメンバーとのやりとりは銃を触っていても可能だが今ののように視線は決してメンバーに向けられることはない。
かつて「人と喋るときは相手の目を見なさい」とキャサリンに母親のように叱られていたことがあったがあまり効果はなく、そのうちにラボの誰もが諦めてることとなった。
写真だけをじっと見つめているの姿はまさに彼女の大好ブツを触っているときの様子と酷似しており、ウォリックは思わずああ!と嘆きそうになってしまう。
「なにか気になることでもあったか?」
「あ、ごめんなさい主任。目を見て話せですよね、本当ごめんなさい!」
「いや、いい。それよりも君が気になっていることを私たちに教えてくれないか?」
そう言ってグリッソムは自身の手の中にあった写真をファイルから取り出しへと差し出した。
素直にその写真を受け取ったは幾つかあるうちの一枚、被害者の上半身がうつっている写真を取り出しティーシャツの袖口近く、被害者の脇のそばをそっと指差した。
「ここ、なにか写ってるでしょ?シャツの袖口と腕の影のせいでほとんど見えてないけどなにかがうつってる」
「本当だ、陰になっていてうまく見えないな・・・」
「これ、タトゥじゃないかと思うの。普通は肩口とか腕の外側に見せる為にタトゥは掘られるけど、全てが全てそうだとは限らないんじゃないかって。見せる為じゃなくて、なにかの証だったりとかのタトゥとか人に見せる必要のないモノだとか」
「ロビンス先生のところでも被害者の腕はきっちりと閉められていて腕の内側までは見ていなかった。そうだ、タトゥはなにも外側にほられるだけではないかもしれない」
「偏見の目で見るな・・・ってことか」
「よし、はウォリックと一緒にもう一度被害者の身分証明にあたってくれ。それがタトゥだとしたらなにかわかるかもしれない。代わりに私はサラと一緒にあたろう」
の手から写真の束を受け取るとグリッソムはファイルの中に綺麗にそれをもどし、ファイルごとウォリックの胸に押し付ける。
そのままくるりと踵をかえしひょこひょこと人目でグリッソムだとわかる特徴ある歩き方で彼はとウォリックの立っていたラボから離れていく。
その背中を見送って二人は一瞬ちらりと顔を見合わせるとすぐにロビンスの待機する検視室へと足を向けた。
「先生」
「おや、ウォリックにじゃないか。どうした、もう今日の分の検死は済ませて報告も提出したはずだが?」
ガコンと音をたて室内にはいった二人に腰掛けていたロビンスは眼鏡をぐいっと指で押し上げ出迎えた。
出迎えたといっても足の悪い彼は立ち上がることなく首を二人に向けただけだったが。
「さっきの被害者もう一度見せてもらっていいですか?えーと、左腕の内側なんですけど」
「ああ、あのタトゥが見たいのか」
そういうとロビンスは立ち上がり不自由な足を引きずって検死の済んだ死体が眠っているシルバーメタリックの数ある扉のうちの一つを開け、ガラガラガラと横たわった被害者の体を取り出した。
ウォリックと、そしてロビンスが被害者の体を取り囲むように立ち決して動く事のない冷たくなった人間の体を見下ろす。
これのことだろうと言ってロビンスが彼の左手首を持ち上げると、たしかに腕の内側にの指摘したとおりあまり大きいとはいえない、けれど決して小さいともいえないタトゥがウォリックたちの目に飛び込んできた。
「そのまま腕を持ち上げてもらっていてもかまいませんか、先生」
「かまわんよ。写真を撮るのだろう?」
の隣でウォリックがカメラを構え、カシャカシャと彼の左腕内側にほられたタトゥを記録に残していく。
ストロボの光がきられるたびに目の前にたつロビンスは眼鏡の奥でまぶしそうに目を細めるが腕を動かすことは決してしない。
「なにか文様みたいだな、それと文字がほってある。PELHAM・・・ペルハム?」
「彼の名前かね?デイビッドが君たちに渡したIDカードは違う人物のものだったのだろう?ああでも自分の名前はほらないな、家族とか恋人とか・・・」
「リーアに見せてこのタトゥが記録に残ってないか検索してもらいます、ありがとう先生」
そういってウォリックが体の向きを変えようとしたところでグイっと自分の上着を隣にたつにひっぱられつんのめりそうになる。
なんだとカメラを片手にウォリックが口を開こうとしたところでがふるふると首を横にふった。
「リーアに頼まなくていい、ウォリック」
「なに?」
「PELHAM、ペルハム・ベイ。あたし、このタトゥ知ってる、見たことある」
「なんだって、どこで見た?いったい何のタトゥだ?」
ウォリックの上着をつかんだままのの手にカメラを持っていないもう片方の手をそっと乗せる。
ゆっくりと上着から手を外していくの顔をウォリックは静かに見つめながら彼女の手のひらから大きな彼の手をおろす。
「信じられない、ベガスなんかでこのタトゥを見ることになるとは思わなかった。これ本物かしら。偽者だとしてもベガスで見つかるのは不思議だわ、本物だとしたらもっと不思議・・・」
「こぉら、。自分の世界に浸る前に俺に教えてくれないか?」
「私にも教えてくれると嬉しいね」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと驚いていたの、だって本当に信じられなくて!」
そういうとはスゥと一度息を吸い込んだ。
「ペルハム、これはあたしが知ってる限りただ一つ。ニューヨークの大きなギャング団の一つ、ペルハム・ベイのメンバーのタトゥよ」
――――トゥルルルルトゥルルルル
ふいにのズボンのポケットに無造作につっこまれていた携帯がラボなんかよりもはるかに静かな検視室に機械音を響かせた。