アルサーンスの空の下で                  
 
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 燭台を掲げる。炎の輪郭が、滲みながら周囲に膨らむ。照らし出された物が、深い木の色を晒す。壁、ではなく、扉。男はそれを、強く押し広げた。
 重く軋むような音が、大きく響く。首筋から背に向って、冷やりとした感触が過ぎる。目の前に現れた、小さな空間。その石床に刻まれし転移魔方陣が、沈黙を保ったまま訪問者を待つ。
 魔法陣に向って、一歩進む。手にした蝋燭の炎が、映し出す物をも不安定にする。陽炎のように、揺らめかせる。
 たとえこれが、自分の領域に属するものであっても、勝手な使用は許されていない。全ては記録され、半日とたたず、皆に知れてしまうだろう。ならば――。
 男は、眉間の深い皺をさらに深め、扉の方を振り返った。
 一緒に連れていくべきか。
 首を振る。
 いや、先に状況を確かめるべきだ。
 一つ頷き、男は右手を魔法陣の中央に置いた。
「エント・ダオ……」
 低く呟いた声が、転移魔方陣を発動させる。浅い溝に沿って黄金の光が走り、床から煌く文様が浮かび上がる。空気がひび割れるような音を立て、風をはらむ。男の体が、光と風に包まれる。
「ザトラス!」
 紡がれた呪文が、波動となって周囲を襲った。切り立つ崖に打ちつける波のように、押しやられた光が部屋の壁に激しくぶつかる。天井まで高く上り、粉々に砕ける。雫となって、散る。
 淡い光を帯びた最後の雫が、闇の中で溶けた。静寂を取り戻したその空間に、もう、動くものはなかった。

 

 
 
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