蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第一章 伝説の世界へ(1)  
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 その頃ミクは、メインコンピューターの前でシステムエンジニアとしての力量を発揮していた。ここに蓄積された膨大なデータから重要なものを選択し、各自のパルコム(通信機能付きの携帯用コンピューター)にコピーしていたのだ。もちろん、通信用の衛星を打ち上げておけば、どこからでもパルコムを通してメインコンピューターにアクセスすることができる。幸いにも船内に積まれていた超小型の通信衛星は、打ち上げ装置と共に無事だったので、当然ミクはそれを使用するつもりであった。だが、あの第二衛星のことがある。通信衛星が打ち落とされる可能性も十分に考えられた。
 それにしても、あのエネルギー波は何だったのだろう。
 ミクの手が止まる。
 最初に分析した時、惑星同様、第二衛星上にもエネルギー反応は見られなかった。科学文明の要素はもちろん、原始的なレベルの文明を指し示すものも全くなかったのである。それが急に、何もない所から、あの凄まじいエネルギーが生まれた。どうにも理に合わない、不可解な現象だ……。
 ミクは再び作業を続けた。
 通信手段はもう一つあった。要所要所に簡易アンテナを立てていく方法である。こちらの方も機材は無事だったが、持てる量に限界があるので、行動できる範囲が極端に狭くなる。やはり、重要なデータはパルコムにバックアップしておくべきであった。
 それに――。
 目まぐるしく表示内容を変えるディスプレイを見つめながら、ミクは思った。
 それに、最悪の場合も考えておかなければならない。メインコンピューターに何かがあった時のことを。
 この船に積まれているメインコンピューターは、最新の自立型だ。自己発電、自己修復、多少の距離なら移動もする。古いSF映画に出てくるような、ずんぐりむっくりの人型をしているのはそのためだ。この移動能力を使って、共に旅することも考えられなくはなかったのだが。お世辞にも、その移動スピードが早いとは言えないこと、さらにこれから先、一体何が起こるか分からないという危険性を無視できなかった。それよりはこの深い森で、できるだけ環境を整えて、ひっそりと置いておく方がより安全に思われた。それでも、万が一ということがある。ミクはそう考えたのだ。
 人の作ったものに絶対はない。ミクはそのことを知っていた。そしてもう一つ、人の能力も絶対ではないということを。
 冴えたグリーンの瞳でディスプレイの文字を追いながら、細かく右手を動かし、ミクはデータを選び取っていく。
 今、選んだデータが、私達の命を助けることになるかもしれない。
 ミクの右手がなおも動く。
 今、選ばなかったデータが、私達を地球に帰す力になったかもしれない。
 端正な顔に、険しさが増す。
 この瞬間だけは、私は絶対でなければならない。
 強烈なプレッシャーと戦いながら、自分達の命運を賭けて、ミクは全力で作業を続けた。

 


 アリエスをやれらたのは大きいな。
 手早く身支度を整えながら、ユーリは思った。
 彼の言うアリエスとは、惑星上での移動用に積み込まれた小型船のことだ。定員はわずかに十名だが、その性能は高く、水陸空での移動が可能であった。それをニ機積んでいたのだが、あの攻撃で格納庫ごと吹き飛ばされてしまったのだ。
 あと一秒早く、いや、コンマ一秒でいい。あの月の陰に潜り込めていたら。
 ユーリはそうも思った。それが意味ないことと分かってはいたが、ついそう思ってしまう。
「また、足を引っ張ってしまった」
 そう小さく呟くと、すぐさまそれを打ち消すように頭を振った。ふと、机の上の写真に目が止まる。
 今より短い髪が、余計に少年ぽく見えるユーリ。黙って写真に写っている分には、優しげな笑顔のテッド。透き通るような美貌が、その鋭利な頭脳を彷彿させるミク。そしてもう一人。白髪混じりの初老の紳士、彼の恩師である。
 訓練学校時代、ユーリは決して優秀であったわけではない。いくつかの科目に飛び抜けた才を示したものの、総じて中の上といったレベルであった。それに対してテッドやミク、他数名の特待生達の実力は秀でており、今回の乗組員は、全員そこから選ばれるものと誰もが思っていた。それが、この結果である。
 決定直後、テッドやミクに異論を唱える者はいなかったが、ユーリに関しては、何か裏があるのではないかと、随分酷い陰口も叩かれた。しかし、しばらくすると、それはぴたりと止んだ。テッドとミクが一喝したのである。この行為は、不思議なことのように思われた。明かに上の実力者である二人が、自ら率先してユーリのサポート役に徹したのである。ユーリ自身もその理由が分からず、二人に疑問をぶつけたことがある。もっとも、「そりゃあ、お前、バカな子ほど何とかっていう――あれさ」とテッドは笑い、「人には数値で測ることのできないものがあるのですよ」と、ミクは微笑むだけであったが。
 そんなユーリに再三恩師は語ってくれた。
「ユーリ。お前に欠けているものがあるとすれば、それは自信だ。もっと自分を信じなさい」
 ユーリは写真を手に取った。そしてそれを自分の荷物に収めると、一つ大きく息を吸い込んだ。冬の夜空を想起させる漆黒の瞳が、本来の輝きを発する。
「はい。先生」
 小さい、だが、覇気のある澄んだ声を残し、ユーリはその部屋を後にした。
 太陽は、ちょうど天頂に輝いていた。

 

 
 
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