蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
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      三  

「ドラゴン……ですか?」
 ミクは自分でも驚くような大声で聞き返した。
「そうじゃよ」
 ディード村の長老は、古びた地図の一画を指差しながら、平然とした表情で言った。
「この北の山は、ブルードラゴンの王国なんじゃ」
「……はあ」
「それから、この南の森の一帯には巨人の国がある」
「巨人……」
「なんと、巨人族のことも知らんのか。一体、お前さん達はどこから来たんじゃ」
 そう怪訝そうな顔で尋ねた長老に、ミクはただ微笑を返した。ちょうど十日前のことである。
 クルム達と共に村を訪れた一行は、それまで抱いていた不安が全くの危惧に終わったことに安堵した。見た事もない出立ちの、見ず知らずの人物にも関わらず、村人達は三人を歓迎した。屈強な戦士でも恐れをなすといわれるダングラスの森から、無事、クルムとカリンを連れ帰った勇者として、彼らは迎えられたのだ。
 その結果、決して豊かとは言えないこの村から、心尽しのもてなしを受け、今日まで三人はここに止まった。もちろん、すぐに出発できなかった理由は、他にも二つばかりあった。一つは、思ったよりユーリの疲労が激しかったこと。あの高熱の直後での強行軍では、無理からぬことであった。そしてもう一つはクルム達、正確にはクルム達の母親の問題があった。
 彼らの母親は、もう二年もの長い間、病に臥していた。クルム達がフロラスの葉を取りに無謀にも森へ入ったのは、その背景があってのことだった。それを売った金で、病によく効くといわれる高額の薬を買おうと考えたのだ。残念ながらその薬も、それを買う金も持ち合わせていなかった一行だったが、幸いにも、口は悪いが腕はいい医者――テッドがその中にいた。
「後は、俺が渡した薬を飲んでれば間違いはないんだが――やはり、少し経過を見ておきたい。一週間、いや、十日は必要だ」
 無論、ミクもそれには異存がなかった。こうして一行は、しばらくの間、この簡素な村で過ごすこととなった。
 

 その日ミクは、いつものように朝早く、村のはずれの井戸へと向った。この村での日課の一つ、井戸端会議への参加である。
 ユーリが体を休め、テッドが臨時の開業医となって村人達を診ている間、ミクはミクで、やるべきことを成していた。これからの旅に備えて調達すべきものが、山のようにあったのだ。
 まずは服。機能的には今の服装で申し分ないのだが、数世紀前の、ヨーロッパの片田舎にいるような錯覚を覚えるこの村の中では、見た目に少々違和感がある。もう少し、この土地に馴染んだものが必要だ。それから武器。ダングラスの森で起こったようなことが、この先も幾度となく起こるかもしれない。それに備えるものが、使用回数に制限のある銃――レイナル・ガンだけでは、何とも心もとない。補助的に、何か持っている方が賢明だ。他にも食料の補充、いくばくかの金も、当然必須である。
 それらを得るため、ミクは自分の持つ知識を利用した。村人達の生活に役立つような技術を指導したのである。もちろん、食料にしろ、金にしろ、ミク達が差し出せと言えば、村人達は拒絶することなく無償で差し出したであろう。だが、ミクはそれに甘んじる気が毛頭なかった。いや、そもそもそういう発想自体が、ミクの中に存在しなかったと表現した方が良いだろう。良くも悪くも潔癖で堅い一面がミクにはあった。その点、金持ちの患者からのお礼なら遠慮無く懐に入れる主義のテッドは、少々融通が効き過ぎるといったところであろうか。
 とにかくミクは、その頭脳に収められている膨大な知識の中から、村人達のためになるもの、ただし、彼らが今持っている技術からかけ離れ過ぎないレベルのものを、注意深く選択しながら教えていった。こうした彼女の行動は、村人達との親交をより深め、その結果、旅をするために最も重要なものをも、同時に集めることとなった。そう、情報――である。
 しかし当初、ミクはそれらの情報を素直に受け入れることができなかった。『ドラゴン』に『巨人』、さらには、あの森で出会ったグルフィスと呼ばれる者達。それらが皆、人に劣らぬ知恵を持っていること、そしてそういう類の種族が、この国キーナスには数多く存在すること。いずれの話も、お伽話や神話の世界を彷彿とさせ、ひょっとして自分達はからかわれているのでは――とさえ思った。
 だが、やがてこれが紛れもない現実であることを認識すると、ミクはすぐさま、これから自分達が取るべき行動を模索した。
 どのような経緯でこうなったのかは分からないが、地球に光を与えてくれた文明は、ここにはない。この星は、私達が目指したカルタスではないのだろうか。いや、それは違う。あらゆるデータが、ここがカルタスであることを示している。とすれば、文明は確かにあったはずだ。それならば、まだ道はある。高度な文明の遺産が、この惑星のどこかに、ひっそりと眠っているかもしれない。そこに、賭けるしかない。
 進むべき方向が見定まったミクは、村人達にこの国で最も大きな町について尋ねた。より多くの、より確かな情報が集まる、国の中枢を目指そうと考えたのだ。ブルクウェルというその町について、村人達はいろいろな話をしてくれた。中でも、特に女性達の話題の的となっていたのが、この国の若き王、アルフリートのことであった。なんでも若き王はなかなかの美形で、幼馴染みの隣国の姫君であるウルリクと、大恋愛の末結婚したばかりだとか。
「おや、おはよう。ミクさん」
 井戸の側でたむろしていた女性達のうち、最も体格の良い女がそう声をかけた。
「おはようございます、シイラさん」
 ミクは笑顔でそう言うと、すでに始まっている話の輪に加わった。

 
 
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