「とにかく結婚式の素晴らしさといったら、あんた」
言葉を切るたびに、思わずよろめくほどの強さでミクの肩を引っ叩きながら、シイラは大声で言った。
「国中から沢山の人がお祝いに駆けつけてさあ。お城の前は、そりゃあ凄い人で。アルフリート様とウルリク様がバルコニーにお出になった時は、もう大歓声さ。お二人とも本当にお美しくて、光り輝いてらして。そうそう、ほら、なんてったって大恋愛の末のご結婚だからねえ。バルコニーの上で、お二人は三回も接吻をされたんだよ」
「されたんだよって、あんた、見たわけじゃないんだろう?」
少し鉤っ鼻のライネルという女性が、そう口を挟んだ。それを受けてミクが問う。
「直接、ご覧になられたのではないのですか?」
「やだよ」
シイラは肉厚な手で、またミクの肩を小突いた。
「あたしゃ、家にぐうたら亭主と五人の子供を抱えてるんだ。ブルクウェルまで見に行くなんて、とてもとても。あたしの又従姉妹の義理の父親の妹さんが行ってね。手紙をくれたんだよ。ああ、でも、あたしも行けるもんなら行きたかったねえ。一目、アルフリート様のお顔を拝みたかったよ。ハッハッハッ」
あまり品の良くない声でシイラは笑った。
「シイラ。そんなバカ笑いしていいのかい? 今、国中でウルリク様のことを心配してるっていうのに」
「心配?」
ミクはライネルの方を見て尋ねた。
「ウルリク――様に、何かあったのですか?」
「ご病気なんだよ」
ライネルは、いかにも心配そうに薄い眉をひそめて言った。
「ご結婚されてまだ間もないのに、ご療養のため、今はハンプシャープの離宮に移っていらっしゃるんだ。本当に心配だよ」
「あんた達は――何も知らないんだねえ」
酷く痩せこけた、異様に頬骨の出っ張っているグローリェという女が、押し殺すような声を出す。
「いいこと教えてやるよ。ただし、誰にも言っちゃだめだよ。ここだけの話だからね」
グローリェはそう言うと、小さく手招きをした。吸い寄せられるようにシイラ、ライネル、そしてミクが顔を寄せる。
「いいかい。ウルリク様がご病気だってのは、真っ赤な嘘だ。本当はね、アルフリート様と一悶着あって、お城を飛び出されたんだよ」
「そんな、バカな!」
「しっ、シイラ、声が大きいよ。でも、グローリェ、それ本当なのかい?」
「ああ、わたしの友達の姉さんが、ブルクウェルで商売やっててね。お城にお出入りさせて頂いてるんだ。確かな話さ。なんでも深夜、ウルリク様は人目を忍んで、逃げるようにお城を出られたとか。病気のためのご静養なら、そんな風にはなさらないだろう?」
「確かにそうだねえ」
「でもそれなら、かえって良かったじゃないか」
シイラは持ち前の明るい大きな声で言った。
「ご病気よりはましだよ、夫婦喧嘩の方が。それにしてもウルリク様、何があったのか知らないけど、お城を飛び出すなんてなかなかだねえ。ハッハッハッ」
「シイラ。だからこれは笑いごとじゃないんだよ。偉いことになるかもしれないんだ」
「偉いこと?」
「ウルリク様がお城を出られる時、お供をしたのはみな、母国フィシュメルからお連れになった方々だ。その中には戦士も多く含まれているって話だよ。だけどもっと深刻なのは、その後のアルフリート様の行動だ」
「アルフリート様が、どうしたんだい?」
「なんとハンプシャープの離宮にいらっしゃるウルリク様のもとを訪れるのに、三百もの兵士を引き連れなさったんだ。しかもその兵士の大半は、アルフリート様がお城に戻られた後もなお、離宮を取り囲むようにしてその場に止まってるって話だよ」
「何でまた、そんなことを……」
陽気なシイラも、さすがに不安な声を出した。
「一体、どうなさったっていうんだろう」
その問いに、グローリェが少し首を竦めて呟く。
「さあね」
「でも、でも、グローリェ。わたしは――」
「ちょっと待ってライネル。ねえ、あたしはこう思うんだけど――」
三人の話はその後も尽きることがなかった。ミクはそっとその輪から外れた。
それにしても――と、ミクは思う。
若き王の行動が、少し気がかりであった。無論、噂話の対象としてではなく、自分達のこれからのために、力になるであろう一人の権力者として気になったのである。
一瞬、ミクの顔に翳りが過ぎる。が、すぐにそれは立ち消えた。
とにかくブルクウェルに、前に進まなければ、何も始まらない。
そう心に呟くと、ミクは足早に歩き始めた。
美しいグリーンの瞳に冴えた光を湛え、燃えるような赤い髪を揺らしながら。