蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第一章 伝説の世界へ(3)  
         
 
 

 

 その夜、ユーリは一軒の家の前に立っていた。柔らかな灯りが漏れているその家の扉には、小さな看板が掛かっていた。鍛冶屋である。ここで装備を整えるように、ミクに言われたのだ。あまり気の乗らない表情でしばらく店の前に佇んでいたが、ようやく意を決するとユーリは扉を押した。
 店の中は少し薄暗く、狭い空間にはぎっしりと商品が置かれていた。武器や防具の類もかなりの数が揃っている。のどかで質素なディード村の雰囲気とは、ちょっと似つかわしくない感じだ。
 それだけ、村を一歩出ると危険であるということなのか。
「おう!」
 店の奥から、頭の中央部分が見事に禿げ上がった、小太りの男が現れた。
「あんた、あの赤い髪の女の連れだね。武器を探してるんだって?」
「あっ、はい」
「確か、剣がいいって言ってたなあ」
 男はそう言うと、並べられた武器の中から何振りかの剣を選び取った。
「まあ、こんなとこだな。一番のお勧めはこれだな。こいつなら、あのグルフィスはもちろん、ランビアンの頑丈な体にも太刀打ちできる」
「ランビアン?」
 ユーリは、男の差し出した大振りの剣を手に取りながら言った。
「ああ」
 店の男はカウンターに片肘をついた。
「北にある小さな森に住んでる化物のことさ。そいつの皮膚は異常に堅くて、そんじょそこらの剣じゃ傷つけることすらできない。そいつを倒すには、これくらいの剣でぶちのめすしかないんだ」
「ぶちのめす……」
「そうさ。だが、頭を狙っても駄目だぜ。何たってそいつの体には、鋭い牙を持った頭が二つ付いてるんだ。一つ目の頭をかち割っても、もう一つの頭に食いつかれてしまう。だからこう、そいつの体に一撃を食らわせといて、ひっくり返った所を素早くだな……」
 額に汗しながら、派手なアクションで架空のランビアンをぶちのめした後、店の男は息をはずませたままで言った。
「まあ、こんな具合だ。しかしそれより厄介なのは、ピルムンタルに住むジアヌだな」
「ジアヌ?」
 ユーリは反射的に尋ねた。
 エルフィンにガーダ、グルフィスにランビアン。とにかくこの村に来てからというもの、ユーリ達は聞いたこともない単語にぶち当たるたび、オウム返しに聞く癖がついていた。もちろん、彼らの語彙力が不足していたわけではない。
 地球に送られてきたディスクには、それぞれの言語につき、分厚い辞書一冊分は優に超える言葉が収められていた。それらは、生物学的に酷似した者が発する言葉であるためなのか、発声的に突飛なものはなく、地球上に存在する各言語の違いを超えるほど、異なるものではなかった。そのおかげで、彼らはそれ相応の努力の末、自在に言葉を操ることができた。特にこの地方で使われている言葉は、ユーリ達が通常使っていた言語と、文法、発音などが似ており、カルタスの公用語の中でも最も得意とする言語であった。
 しかし固有名詞となると、これはもう現地で覚えていくしかない。人名、地名などに加えてもう一つ。それぞれの形態は異なるものの、『恐ろしい化物』という一括りにされる単語が、この地には数多く存在した。唯一、エルフィンだけを除いて。
「あんた達――本当に何にも知らねえんだな。いいか、ジアヌってのはな」
 呆れた顔をしながらも、店の男はジアヌについて、さらに、いろいろな化物について、知っている限りの話をした。次から次へと出てくる化物の話を、真剣に一つ一つ相槌を打ちながら聞いていたユーリだったが、その決して悪くない記憶力が限界を超えた時、手に持っていた剣に意識を移した。
 両刃の剣か――。
 ユーリは心の中で呟いた。
 彼には剣の心得があった。訓練学校時代、授業科目にあったのだ。銃に比べて実践向きではないので、あまり評価はされなかったが、ユーリはそこで飛び抜けた才を示した。中でも得意としたのは、片刃の剣。その無駄のない滑らかな太刀さばきは、美しい舞を舞うが如く鮮やかで、稽古場の外には、いつもその姿目当ての多数のギャラリーが溢れていた。もっともユーリ自身は、そのことに全く気付いてはいなかったのだが。
「いい剣だけど」
 店の男の話がわずかに途切れた瞬間を見計らって、ユーリは言った。
「できれば片刃の剣がいいんです。ありますか?」

 
 
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  第一章(3)・5