「片刃の剣?」
店の男は、短い首を竦めた。
「悪いがうちでは扱ってねえな。遥か遠くシャンの国では、好んで片刃の剣を使うって話しを聞いたことがあるが――まあ、ブルクウェル辺りの大きな店なら扱ってるかもしれないが……」
「そうですか」
ユーリは手に持った剣を軽く払った。
やはり、重いな。
「あのう、ではもう少し、細身の剣はありますか?」
「ああ、それなら……これだな」
男はそう言いながら、改めて選んだ剣をユーリに渡した。
「軽いからランビアン戦には不向きだが、腕に自信があるのならこいつも悪くないぜ」
持った感じはいいな。名剣というわけではないが、これなら十分使えるだろう。
「じゃあ、これを頂きます。代金はいくらですか?」
「1000ティマ――と言いたいところだが、あんた達には村が世話になってるからな。半分の500ティマで、どうだ?」
「本当に?」
「ああ」
「ありがとう」
ユーリはにっこりと笑った。一瞬、幼い子供のように見える。邪気のないその表情についつり込まれて、過去、多くの人間がその頬を緩めることとなったのだが。この店の男も例外ではなかった。
「よし!」
満面の笑みを湛えて、男は言った。
「500ティマで、取引成立だ」
数分後、破格の値段で手に入れた剣を携えて、ユーリは店の外に出た。その姿が、実に様になっている。だが、その外見とは裏腹に、ユーリの心には剣を携えることへの不安があった。いや、正しくは、剣を振うことに不安を感じていたのだ。
ユーリは剣が好きだった。天賦の才能。努力を惜しまぬ性格。それらに加え、この好きであるということが、彼の剣技を卓越したものにしたと言えるだろう。しかしそれは、あくまでも武道としてでありスポーツとしてである。実戦とは別物だ。誰かを、何かを、傷つけ、あるいは命を奪うことに対し、激しい抵抗がユーリの内にあった。だがその迷いが、ダングラスの森で、下手をすると命を落としかねない危険を招いてしまった。自分一人ならそれでもいいだろう。だが、自分の迷いが、ミクやテッドに危険を及ぼす破目になるのだけは、何としても避けたい。
この迷いを、絶ち切らなければならないのか。
ユーリは無意識の内に、剣の柄に手を添えた。ふと以前、剣術の師が、幻の名剣と言われる秘蔵の剣を見せてくれた時のことを、思い出す。
剣の目利きには全く自信のないユーリであったが、その剣を一目見るなり、思わず感嘆の声を漏らした。それは筆舌しがたい美しい剣であった。無論、装飾的な意味ではない。剣そのものの美、剣としての能力のみを極限まで追求した、強さからくる美しさである。そしてその美しさは、剣を手にした者に不思議な感覚をもたらした。
できることなら、この剣を振いたくない。
俗に、魔剣と呼ばれるものがある。血と、肉と、魂を欲する魔物が宿る剣。それを持つ者は理性を失い、殺戮に明け暮れるという。もっともユーリはその魔剣という物を見たことはなかったし、そのような話自体信じてはいなかった。ただ、このある意味、魔剣と対極に位置するような神剣ともいうべき剣を目にした時、ユーリは頭からそういった伝承を否定する気にはなれなくなった。それが魔物の仕業なのか、その剣を作った者の強い念なのかは分からないが、漠然とそこに意志の存在をユーリは感じていた。
いや、逆かもしれない。自分の中の、自分でも気付かない心の深淵を、ある種の剣は、鏡のように映し出すのかも。
いずれにせよ――とユーリは思う。
剣を持つ以上、その剣を振う以上、自分の中の闇の部分と向き合わなければならない。見たくないからといって、逃げるわけにはいかない。絶ち切らねばならないものがあるとしたら、それだ。
ユーリは真っ直ぐに前を見据えた。きゅっと細い顎を引き、ぴんと背筋を伸ばした立ち姿は、美しい彫像のようだ。だが、どれほどの才を持つ彫刻家も、表現しきれぬ箇所があることを、誰もが一目で気付くであろう。
その髪と同じ漆黒の、強い意志と決意を秘めた――。
この夜空に降り注ぐ、幾千もの星々を封じ込めたかのような煌きを放つ、かの瞳。