蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第二章 起端(3)  
               
 
 

 

 緩やかに螺旋を描く下り坂。三人の持つ小さなペン型のライトから発せられた光は、確かな視界を彼らに与えていた。歩調に合わせ、明るく大きな光円が、石壁や床の上をランダムに踊る。急な坂ではない。だが、狭い。二人並んで歩くには窮屈さを感じる幅、天井はテッドの身長より頭一つ高いだけで、圧迫感がある。
 その坂を、三人は下り続けた。心なしか空気は澱み、薄くなっていくように感じる。徐々に言い知れない不快感が増すのはそのためなのか。いや、それだけではないことを、三人は三様に感じていた。
 靴音だけがやけに響く。ついにテッドが口を開いた。
「なあ、どうでもいいけど、そろそろ歩くのに飽きてきたんだがな」
 先頭を歩いていたミクが振り返った。
「大分お疲れのようですね。少し休みますか?」
「なんか、微妙に年寄り扱いしてねえか。年はお前さんと二つしか違わねえんだからな」
 不満げにそう言うと、テッドは壁に寄り掛かった。
「そうじゃなくて、お前さんだって感じるだろう? どう考えても、ここは普通じゃねえ」
「それならそうと、ストレートに言って下さい。――で、どうします? このまま下へ降りるか、それとも戻るか。ただし、あの霧の問題が解決していない以上、戻った所で森を抜けることは容易ではないでしょうけど」
「前進あるのみは嫌いじゃねえって、前にも言ったよな。この先進んで、何かに辿り着けるならそれでいいさ。だがな」
 そこでテッドは、足元の小石を思いっきり蹴った。石の転がる音が響く。
「このまま進んでも、どこにも辿り着けないんじゃねえか」
 床に、壁に。小石のぶつかる音がなおも響く。
「どうにもこうにも、同じ所をぐるぐる回ってるような気がしてならねえ」
 ミクは沈黙した。次第にスピードを緩める小石の音だけが、辺りに響く。そして止まる。下方に向かって加速するでもなく、消え入るでもなく、響き続けた音が止んだ。一つ間を置き、ミクが口を開く。
「どうやら、テッドの考えは正しいようですね。私達は、単純な仕掛けに引っかかっていただけなのかも」
「ああ、まず間違いねえ」
「単純な仕掛けって?」
「まあ、見てろ」
 ユーリの問いにそう答えると、テッドは自分のパルコムを取り出した。それを手にしばらく操作していたが、やがて笑顔で言った。
「やっぱりな。なんてことない、視覚的なトリックだったんだ」
 ユーリはテッドのパルコムを覗き込んだ。
「なっ」
「降りたつもりだったのに、そうじゃなかったんだね」
「そうです」 ミクが頷く。
「おそらく、入り口から少し下った時点で、この場所に入りこむように仕掛けられていたのでしょう。周りの壁の石積みが斜めに積み上げられているだけで、実際は平らなこの場所を、私達はぐるぐる回っていたのです」
「じゃあ、入り口は?」
「それも単純な仕掛けだろうよ。どっかの石を踏んづけた時点で、入り口への道がふさがるようになってんだろう」
 そう言いながら、テッドは数歩前に進んだ。
「あった、あった。この壁だ」 
 パルコムを見つめながらテッドが言った。
「この先に入り口への道がある。どうする? どかんと一発、穴を開けるか?」
「待って」
 ユーリはそう言うと、自分もパルコムを取り出し、テッドよりさらに数歩、前進した。
「ここだ……」
 そう呟くと、ユーリは目の前の石壁を、注意深く観察した。ちょうどユーリの目線より十センチほど下の辺りに、石組みの隙間にしては不自然な窪みがある。ユーリはその小さな窪みに、右手を差し入れた。そしてそのまま押す。
 石と石の擦れる合う音と共に、壁が動いた。ぽっかりと、さらに深い闇が覗く。見ているだけで、吸い込まれそうな錯覚に囚われる。テッドの顔から笑みが消えた。
「う〜ん。この中に誰かいるってか? こんな所に住んでるなんて、悪趣味なやつに違いねえ。あんまり会いたくねえんだがな」
「でも、あの霧の謎が解けるかもしれません。そもそもそのために、ここに来たのですから」
「じゃあ、行くよ」
 ユーリはそう言うと、壁の向こうへ進み出た。その背中を、ミクとテッドの明かりが追う。
 が、突如それが、闇の中で掻き消えた。
「ユーリ!」
 石造りの塔の壁。
 その壁が、二人の声を冷たく跳ね返す。すでに持ち主の姿が消えた空間で、声は渦巻くように響き続けた。

 

 
 
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