蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第三章 仮面の王(1) | ||||||||||
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アルフリートは、おもむろにペンを取った。ちりちりとろうそくの燃える音だけが、しばしの間その空間を占める。つと、王の手が止まる。微かに動かした視線の先に、遮るものを認める。
深い蒼。
本来ならあるべきはずのない色が、目に飛びこんでくる。色にはわずかながら襞がある。形もある。金糸で描かれた模様が、その形の縁を飾っている。
見覚えがある。知っている。見間違いではない。これは、キーナス国王の正装。
アルフリートは視線を上へ滑らせた。しなやかな長身の体。波打つ黄金の髪。淡い紅色の唇。白皙の肌にリルの石を埋め込んだかのような蒼い瞳。
それは――。
自身であった。アルフリートは凍りついた。呼吸すら止まっていた。紛れもなく、ほんの細部に至るまで、自分と同じ姿の男をただ凝視する。
不意に、男の唇の両端が吊り上った。背後でぐらりと影が揺れる。
とっさにアルフリートは後ろへ飛び退いた。その動きとほぼ同時に、黒い影は男を通り越し机に飛び乗った。そしてそのまま、アルフリートの目前に飛び降りる。錆色のフードの中で、二つの赤い光の玉が怪しく光る。死臭を思わせる臭いが、鼻腔を突く。
ガーダ!
アルフリートはさらに一歩後ろに下がりながら、剣を抜いた。半弧を描いて煌いた剣は、そのまま真っ直ぐにガーダの喉元を突く。確かな手応えが、アルフリートの両手に伝わった。反動で、フードが後ろに崩れる。異様な姿が、剥き出しになる。
アルフリートはまたしても呼吸を止めた。噂には聞いていたが、ガーダの姿を見るのは初めてだった。人の二倍ほどある目は眼球が少し飛び出ており、虹彩が毒々しい赤い光を放っていた。皮膚は青みがかった褐色で、かさかさにひび割れており、一見すると蛇の鱗のように見える。頭部は毛髪がなく、前面の骨が少し出っ張った形をしている。それ以外は、さほど人とは変らない。それだけでも十分奇異ではあるが、外見的には、その違いしかない。外見的には――。
アルフリートの後頭部が、激しく壁に叩き付けられた。そのまま恐ろしい力で押えつけられる。眼の下、頬、顎。それぞれにガーダの爪が食い込む。
「ぐっ!」
顔を鷲づかみにされたままの状態で、アルフリートは反撃を試みた。ガーダの喉元に刺さっている剣を抜き、今度は胸元目掛けて突き立てる。間違いのない手応え。しかし、顔を押えつける力は変らない。
おのれ――。
再びアルフリートは剣を抜こうと力を込めた。しかし、剣は動かない。びくともしない。ガーダの乾いた唇が横に広がる。そしてそこから、寒々とした割れた音が漏れる。
「無駄だ」
痺れるような痛みを感じて、アルフリートは剣から手を離した。すると、持ち主から開放された剣が、すぐさま奇妙な動きを始める。ガーダの胸元に突き刺さったまま、ぐらぐらと小さく横に揺れる。揺れながら、少しずつ押し出されていく。それほどの時をかけずに、剣はガーダの体内から抜け落ちた。
薄く、ガーダが笑う。アルフリートは呻いた。
「化け物め……」
「お前にやってもらうことがある」 耳障りな声でガーダは続けた。
「王家の墓。そこにあるエルフィンの紋章を取ってくるのだ」
「エルフィンの――紋章?」
「行けば分かる。お前はただ、それを取ってくればいい」
「断る」
アルフリートはガーダを睨みつけた。
「何を企んでいるのかは知らぬが、貴様にその紋章とやらを渡すつもりはない」
「そうか」
ガーダは静かに言った。その言葉と同時に、アルフリートを押えつけている手が緩んだ。視界いっぱいに、ガーダの手の平が広がる。その中央部分に、暗赤色の小さな光点が現れ、徐々に明るさを強めながら手の平全体が輝く。そして――。
紅蓮の炎がアルフリートの顔を焼いた。声は出なかった。炎に包まれたまま、アルフリートはその場に崩れ落ちた。ガーダの手の平が閉じられる。アルフリートを焦がした炎が消える。
「もう一度言う」
冷気を帯びた声が、アルフリートを貫く。
「エルフィンの紋章を取って来い」
遠のく意識の中、アルフリートは全身の力を振り絞って言った。
「……断……る」
ガーダの右手が、再び炎を生む。が、しかし、その炎が放たれることはなかった。すでに気を失っているアルフリートを見下ろしながら、ガーダは低く呟いた。
「止むをえまい。場所を変えて続きを話すとしよう。後は――」
ガーダはその唇に、再び薄く笑みが浮かべながら、すっと左手を上げた。それを合図に、アルフリートに生き写しの男がガーダに近づく。ガーダは右手をアルフリートの額に、左手を男の額に翳した。ほんの一瞬、アルフリートの額が、淡く、白く、微かに光る。ぼおっと、男の額も発光する。
「これでよし」 低く枯れた声が静かに響く。
「では、後は上手くやるのだぞ」
「はい。ベキューリゥ様」
淡い紅色の唇に笑みを浮かべて男はそう言うと、黄金の頭を垂れた。再びその頭が上げられた時、ガーダの姿は消えていた。もちろん、アルフリートの姿も――。