蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第三章 仮面の王(2)  
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      二  

 赤茶けたレンガ色の屋根が並ぶポルフィスの町並みを、オレンジ色の夕陽が美しく染めていた。町のほぼ中央に位置する尖塔の鐘が、辺りの空気を柔らかく五回、震わせた。三方を山に囲まれたこの町の澄んだ空気は、稜線の遥か向こうにまで、その音を運んでいくかのようだった。
「綺麗な町だなあ」
 夕陽と同じ色に頬を染めながら、ユーリが呟いた。
「ああ」
 束ねられた長い髪だけでなく、口の周りの無精髭までオレンジ色に輝かせながら、テッドが答えた。
「さあて、宿でも探すか」
「いや、まだ日は落ちていない。このまま町を抜け、先へ進もう」
 しなやかな張りのある声。持ち主は、黒いマントに身を包んだ長身の男。マントにはフードが付いており、それを目深に被っている。フードは鼻や口元を隠す形になっているので、顔はよく見えない。深く透き通る蒼い瞳が、ただ覗いているだけだ。強い光を放つその瞳を、テッドはじっと見据えた。
「確か、王印が納められてる王家の墓ってとこまでは、ここから丸三日、山道を進まなきゃならねえんだろ? まだまだ先は長いんだ。そんなに慌てなくても――」
「いや、一刻も早く王印を、王の証を取りに行かねば」
「大体、ちょっとくらい無理して進んでも、どうせそんなに先には行けねえだろうし……。それより今夜はゆっくりこの町で体を休めた方が、かえって効率がいいだろう。今日は相当歩いたし、ここんとこ、野宿野宿だったしなあ」
 テッドはそこで首を大きくぐるりと回した。ボキッと鈍い音が鳴る。
「そうか……」
 黒マントの男は一つ瞬きをした。
「そなたがそれほど、一歩も進めないほど疲れているというのであれば、仕方がないが」
「あのな」
 ぽりぽりと耳の後ろを掻きながらテッドは言った。
「俺としては、お前さんの体の方を心配してるんだがなあ」
「それなら無用だ。先へ進もう」
「だからぁ」
「どうでもいいですが」 抑揚を最小限に抑えた声で、ミクが加わった。
「町の往来の真ん中で、喧嘩はよして下さい。周りの人の迷惑になります」
 テッドは軽く顔をしかめた。
「別に喧嘩してるわけじゃ――」
 と、背後で大きな声がする。
「喧嘩だ」
「喧嘩だ!」
「だから、喧嘩じゃねえって……と」
 振り向きざまのテッドの視界に、影が走った。反射的に手を伸ばす。だが、影はテッドの手をすり抜け、足元でもんどりうった。それは、痩せた貧相な顔つきの男だった。着ているものもみすぼらしい。
「ふざけんなよ、この野郎!」
 地面に転がったままのその男に向かって、罵声が浴びせられた。こちらの声の主は、でっぷりと太っている。背後には強面の仲間が五人、控えている。勢いは止まらない。
「荷物を全部盗まれました――って、それですむと思ってんのか。きっちり、弁償してもらうからな」
「そんな」 転がっている男も負けじと言い返した。
「冗談じゃねえ。他に、荷の運搬を引き受けるやつがいたか? みんなラグルの襲撃を怖がって、逃げちまったんじゃねえか。文句があるなら、お前達で運べばいいだろう」
「何だと!」
 太った男は、左手で痩せた男の胸ぐらをつかんだ。そして右手を振り上げる。目の前で繰り広げられる光景に、半ば仕方なくテッドが声を掛けた。
「おい、お前さん、そのぐらいで――」
「何だ、てめえは!」
「何だって……。そりゃあ見ての通り、極めて善良な旅人ってとこだろうけど」
 太った男は鼻息荒くテッド達を睨んだ。口を挟んだ男は体格も良く、精悍な面持ちだ。そのすぐ後ろにいる黒ずくめの男は、やけに鋭い目つきをしている。この二人は、できそうだ。だが、後の二人がいけない。一人は赤い髪と緑の目をした優男。いや、ひょっとしたら女か? そしてもう一人は小柄で、表情にはまだ幼さが残っている。勝てる相手だ。太った男は、ぐいっと胸を張った。
「ごたごた抜かすんじゃねえ。てめえらも、ぶちのめされたいのか!」
「そういう、てめえらこそ」 
 テッドの声が、一段低くなった。売られたものは、買う主義だ。
「ぶちのめされてえみたいだな」
「テッド!」
「止めるなよ、ミク。もう――」
 テッドは大きく、左足を踏み出した。全体重をそこに乗せ、その勢いで右の拳を真っ直ぐに繰り出す。
「遅い!」

 
 
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  第三章(2)・1