蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第三章 仮面の王(2)  
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 見事なストレートが、太った男のたるんだ頬にヒットした。地響きを上げて、男は仰向けにひっくり返った。数瞬の間を置いて、後ろにいた五人が飛込んで来る。
 まず二人。
 テッドはそれを左右にかわし、残りの三人に突っ込んでいった。中央の一人を再び右ストレートで沈め、間髪入れず、左側の男の首根っこ目掛けて、組んだ両手を振り下ろす。と同時に体をねじって、素早く後ろにステップを踏む。鼻先を、右側にいた男の拳が掠めていく。遅れて空を泳ぐダークブラウンの髪を粉砕する。
 しかし男は、その一撃を繰り出しただけで動きを止めた。拳を突き出した格好のまま立ち竦む。腹に、テッドの左肘が食い込んでいる。男はそのまま、へなへなと倒れこんだ。
 その間に、最初にかわした二人も、地面に突っ伏していた。一人は勢いあまってミクの前に飛び出たのだが、あっさり膝蹴りを食らって、その場に崩れた。もう一人も同じく、半ば転げるように長身の男の前に飛び出て、そのまま軽くぶつかった。その拍子に、男のフードがずれ落ちる。
 輝く黄金の髪。リルの鉱石を思わせる蒼い瞳。そして、そして――鈍い銀色の仮面。
「……うわっ」
 仮面の男の異様なまでの威圧感に、ぶつかった男は反射的にのけぞり、しりもちをついた。そしてそのまま、立ち上がれなかった。
「さてと」
 いつの間にやらできた人だかりをぐるりと見やってから、テッドは仮面の男に向き直した。
「さっきの続きだ。いいか、俺はな――」
「もし、旅のお方」
 その時、テッドの言葉を遮るように声がかかった。人だかりの中から、一人の男が進み出る。華美な類のものではなかったが、一目でそれなりの暮らしを有するいでたちの、中年の男だった。ようやく上半身を起こした太った男が、呻くように声を出す。
「……旦那……様」
「なんだ、なんだ、なんだ?」
 テッドは腰に手をあて、軽く首を振った。
「あんたがこいつらの親玉ってことか?」
「親玉というのは、さて――」
 品の良い男は静かに微笑みながら言った。
「私はこの町で商人をしております、ビルレームという者です。うちの使用人が大変な失礼を致しまして、申し訳ありません。ほら、お前達も。失礼をお詫びしなさい」
「いいえ、その必要はありません」
 澄んだ冷ややかな声で、ミクが答えた。
「先に手を出したのはこちら側です。このテッドの方ですから」
「――なっ? お前なあ」
「ですので、謝るのなら私達にではなく、そちらの方へ」
 そう言うとミクは、この騒動で一番初めに地面に転がった男、痩せた貧相な男の方を向いた。ビルレームは穏やかな笑みを湛えたまま一つ頷くと、その男に近づき片膝をついた。
「無理を言って荷の運搬を引き受けてもらったのに、申し訳ない。もちろん、日当はきちんと支払わせてもらうよ」
 ビルレームは男の手を取った。
「それにしても、よく無事で戻ってきてくれたね。被害が積荷だけですんで、本当に良かった」
「……ビルレームさん」
「うちのものの失礼を、どうか許してやっておくれ。みな、私を心配してのことなのだから」
「ビルレームさん」
 痩せた男は、ぼさぼさの髪を撫でつけながら言った。
「おれは……日当さえ、ちゃんともらえれば……それで、いいです」
「そうか、そうか。ありがとう」
 事は収まった。
 ビルレームは自分の使用人達にも、一人一人肩を叩き声をかけると、再びミク達の前に立った。
「さて、旅のお方。良ければ今宵、私の家にお泊り頂けませんか。お騒がせしたお詫びをさせて下さい」
「そういうことなら、遠慮なく」
 テッドが即答した。金持ちからのお礼やお詫びは、断らない主義だ。だが、すぐさま仮面の男が制する。
「いや、我々は先を急ぎますので」
「おい、お前さん、まだそんなことを。こんな薄暗い中、山道を歩けってか?」
 すでに辺りは夜の気配が忍び寄っていた。つい先ほどまでオレンジ色に輝いていた町並みが、青紫色のとばりに包まれている。
「何やらお急ぎのようですが」
 柔和な微笑を湛えたまま、ビルレームは仮面の男の方を向いた。美しいが鋭い光を放つ瞳。加えてすっぽりと顔を覆った銀の仮面。その雰囲気に呑まれることなく、言葉を続ける。
「お連れさまのおっしゃる通り、日が落ちてからの山道は危険です。どうぞ、ご遠慮なさらずに、今宵は我が家へお泊り下さい」
「…………」
「やれやれ」
 テッドは肩を竦めた。
「これでやっと、決まりだな」
 一番星と二つの月が、青白い輪郭を現し始めた空に、安堵の声が溶けていった。

 

 
 
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