「わたしはもともと、この屋敷で使用人をしていた者の娘です。幼い頃、父も母も亡くしてしまって。他に身寄りは、おばが一人いるだけで。でも、結局はおばの所へは行かず、ここに残ることになったのです。お父様――ビルレーム様が、おばと大喧嘩をしてしまって」
「大喧嘩?」
「ええ。お父様がわたしを連れておばの家へ行った時、おばがなんだかんだと、わたしを引き取るのを渋ったものですから。そうしたら、こんな可愛い子を娘にできる幸せに気付かないなんて、あなたは愚かだって。そして、この子は私が育てますと、おばに宣言したのです」
トゥアラの幸せそうな笑顔を見て、アルフリートの唇も自然と和らぐ。
「父には感謝しています。どんなに言葉を尽くしても、表すことができないほど。父のためなら、父の助けになるなら、わたしはなんでもする。なんでもしたい。でも……」
トゥアラはそこで少し顔を上げた。銀の月が、その頬を白く輝かす。
「わたしにはその力がありません。だけど、あなた様なら、旅のお方なら」
「わた――し?」
「店の者に話を聞きました。とても腕のたつ方だと。それでお願いがあるのです。どうか、父を助けて下さい。ラグルの山賊から、商売用の荷を守って頂きたいのです」
「…………」
「お急ぎの旅であることも、聞き及んでおります。無理を申していることも、よく分かっております。でも少しだけ、しばらくの間だけ、ここに止まって頂けませんでしょうか? 腕のたつ者が護衛についたと知れば、ラグルも用心して、そう頻繁に襲ってこなくなると思います。なので――」
「しかし、それは一時凌ぎにしか過ぎない」
アルフリートは穏やかな声で言った。
「例え、一時的に我らがラグルの襲撃を退けたとしても、我らがいなくなったと分かれば、また襲ってくるやも知れぬ。それに……」
アルフリートの声に、重い響きが加わった。
「仮にその後、襲撃がなくなったとしても、ラグルが消えたわけではない。確かに父君は、それで被害に遭うことはなくなるかもしれないが、その分、誰かが、他の者が襲われることになる」
トゥアラの頬が、瞬時に先ほどとは異なる色を放った。もし、日の光の下であれば、耳まで真っ赤に染まった姿が露わになったであろう。
「わたしったら……」
トゥアラは俯き、小さな声で言った。
「恥ずかしいです」
「娘として何よりも父君のことを考えるのは、当たり前です。恥じ入ることはない」
淡々と、だが、真摯な声が続く。
「もちろん、このままでいいというわけではない。然るべき対策を行わなければ――」
「対策を……行う?」
「あっ、いや――然るべき対策を。いずれ……国王が」
晴れやかな光が射しこむかのように、トゥアラの顔が輝いた。
「はい」
鈴を転がすかのような軽やかさが、その声に戻る。
「そうですね。きっと、国王様が。アルフリート様が、助けて下さいますよね」
「――ええ、きっと」
アルフリートは、そう静かに答えた。
「なんだか少し、ほっとした気持ちです。あなた様とお話ができて良かった」
トゥアラはそこで、少しはにかむような微笑を見せた。
「そう言えばわたし、まだあなた様のお名前をお伺いしていませんでしたわ。あの、よろしければ、あなた様のお名前をお聞かせ下さいませ」
「私は――私は、アレムと申します」
「アレム様」
トゥアラは胸の内に、その名を刻み込むかのように呟いた。
「アレム様。ありがとうございました。国王様を信じて、それまで父と共に頑張りたいと思います。もちろん、わたしは何も手伝うことができないけど。せめて、いつも明るい顔で、父の側にいたいと思います。そうすれば、きっと――」
トゥアラはそこで、言葉を切った。そして白く細い両腕を、ゆっくりと天に掲げた。まるで、月の光を全身で受け止めるかのように。