蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第四章 対峙(1) | ||||||||||
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「確かにすげえな」
ユーリの胸の内など知る由もなく、テッドは明るい声で言った。
「さすが王家の墓――というわけか」
「それは違う」
即座にアルフリートが答えた。
「ここが王家の墓となったのは、この神殿が建てられた後だ」
「じゃあ、ただ、水の神殿のでかいやつってことか?」
「形はそうだが……この神殿はエルフィンのためのものだ」
「エルフィン」
そう声を上げたのはミクだ。
「あの伝説のエルフィンですか?」
「そうだ。この地に、この場所に、最後のエルフィンと呼ばれる者の家があったのだ」
アルフリートは、美しく朝日を照り返して輝く神殿を見つめながら語った。
「もともとこのキーナスは、小さな村から始まった。遥か昔、旧世界といわれる、数多くのエルフィンが存在した時代。その時代が突然の破滅を迎えた後、この村の歴史が始まる。言い伝えによれば、一人の村娘が最後のエルフィンと懇意であったそうだ。エルフィンは、人間や他の種族とあまり関わりを持たない。それどころか、エルフィン同士でもほとんど交流がなかったという。家族一つが、彼らの最も大きな社会単位であった――との説もあるほどだ。そのエルフィンが、人間と交流を持ち、ここで暮らしていた。そして息を引き取った。その娘にとっても、村人達にとっても、最後のエルフィンには特別な想いがあったのであろう。遺体を埋葬し、小さな祠を建て、その死を悼んだ。やがて時は流れ、村は少しずつ大きくなっていった。平行して、祠もより大きなものに建てかえられていった。今の規模になったのは、この地がキーナスという国になったのと、ほぼ同時だ」
「なるほどね」
テッドは右手で無精髭を撫でた。
「この立派な神殿がエルフィンのためのものであるってことは分かったが、そのエルフィンについて、今一つ分からねえんだよな。最後のエルフィンってことは、エルフィンはもうこの星――じゃねえ、この地にはいねえってことだよな。なぜエルフィンは滅んだんだ? 旧世界が滅んだからか? じゃあ、その旧世界は、なぜ滅んだんだ? そもそも旧世界ってのは――」
「確か」
アルフリートはテッドの顔を凝視した。鈍い銀色の仮面から、蒼い瞳が覗く。見るもの全てを射るような光が放たれる。
「西から来た――と。そなた達は言ったな」
声のトーンは変わらない。だが、微妙に張り詰めたものが含まれている。
「フィシュメル国を超え、クィード海を越え、遥かユジェール大陸から来たと」
仮面に隠れて表情は分からない。しかし、想像はできる。テッドの表情が険しくなった。
「私の知識に間違いがなければ、ユジェール大陸にもエルフィンの話は言い伝えられているはずだ。もちろん、旧世界の話も。なのに、そなた達は何も知らない。知らないという」
アルフリートの声が、一段低くなった。
「そなた達――何者だ?」
「何者だと? そんなの決まってる」
テッドは口元に微笑を湛えた。が、琥珀色の瞳にそれはない。
「俺達は、お前さんの命の恩人――だろ?」
「……確かにそうだ」
アルフリートは、そこで一つ瞬きをした。その目の光が、さらに強まる。
「では、質問を変えよう。なぜ、私を助けた?」
「おいおい」
テッドは肩を竦め、首を振った。
「旅の途中で死にかけてるやつを見つけたんで、それを助けた。そのことが、そんなに不思議なことか?」
「…………」
「ついでに、何でこうやってお前さんに着いて来てるかも教えてやろう。傷が治るまで寝てろってのに、聞かねえからだ」
「…………」
「別に信用できねえってなら、それでいいさ。おい、ユーリ、ミク」
テッドは大きく後ろを振り返った。
「戻ろうぜ。もうこれ以上、面倒は――」
「エルフィンが」
凛とした声が、テッドの背中をついた。
「滅んだ理由は分からない。旧世界は、ガータの作った破壊神によって滅ぼされたと言われている」
「破壊神?」
初めて聞く言葉にミクが反応した。
「だが、その破壊神とやらがどんなものなのか。どのようにして旧世界を滅ぼしたのか。そもそも、旧世界とはいかなる世界であったのか、何も分からないのだ」
「何も? どうして?」
そう問うたのはユーリだ。
「残っていないのだ」
小さな子供のように目を丸くしているユーリを見ながら、アルフリートが答えた。
「もちろん、旧世界にまつわる伝説は数多く残っている。だが、それらは推測の域を越えない、物語にしか過ぎない。その世界を実証するものがないのだ。書物、絵画や彫刻、日常的に使われていた物など、形となって残っているものがほとんどない。エルフィンにしても然り。二つの遺産があるだけだ。一つは、この神殿にある最後のエルフィンの住処。そしてもう一つ、旧世界を滅ぼせし破壊神が、エルフィンの手によって封印され、その地底に今も眠っていると伝えられるエルティアラン。もっとも、それらいずれも、何かを多く語ってくれるものではない。だが」
アルフリートはそこで言葉を切った。ゆっくりと、テッドが振り返る。
「だが?」
「ゼロではない。それらは、紛れもなく旧世界の遺物なのだから」
アルフリートは踵を返し、神殿を見据えた。
「行くぞ。あそこに王印がある」
見据えたまま、一歩を踏み出す。
「そして、エルフィンの遺産が」
足早にアルフリートは進む。そのすぐ後ろをユーリ、そしてミクが続く。一方テッドは――。
しばらく三人の後ろ姿を腕組みしながら見つめていたが、やがて左手で頭をひとしきり掻くと、三人を追って走り出した。
白亜の神殿は、ただ粛々と輝いていた。