二
満々と水を湛えた湖に浮かぶ小島。その小島に建てられた白亜の神殿の内部は、また水であった。二重に張り巡らせた円柱を越えると、こんこんと涌き出る小さな泉が横たわっていた。信じられないほど鮮やかな青。円柱の隙間から差し込む光が、この奇跡の青を生み出しているのであろうか。ほのかに、自ら発光するかのように輝く泉。その泉の中央を真っ二つに割りながら、大理石で覆われた道が続いている。道幅は、そう狭くない。だが、吸込まれそうな青い水面に気を取られ、踏み外しそうな錯覚に囚われる。自然と歩みが遅くなる。アルフリートだけが、歩みを緩めることなく突き進む。
道の先には、さらに小さな水の神殿があった。こちらの神殿は、円柱ではなく、波線が刻まれた壁に覆われている。その扉の前で、アルフリートが振り返った。ユーリ達が追いつくのを待ってから口を開く。
「ここから先は、私一人で行く」
「おいおい、まだ俺達が信用できねえってのか」
「そうではない。ここから先は」
アルフリートは扉を押し開いた。
「私しか入れないのだ。王家の者しか」
そう言うと、アルフリートはその小さな神殿の中に一歩足を入れた。
「――おい」
後を追おうとしたテッドは立ち止まった。いや、立ち止まらざるをえなかった。踏み入れようとした足が、はっきりとした抵抗感を持って拒否されたのだ。首を捻って、傍らのミクを見る。それを受けて、ミクもその空間に挑む。右手をすっと差し出す。
しかし、その手が扉の向こうへ進むことは叶わなかった。何かがそこにあるわけではない。抵抗といっても、その皮膚に何がしかの感覚がもたらされたわけではない。ただ、行くことができないのだ。そこから先に、自らの手が動こうとしない。
ミクは静かに手を下ろした。
「そこで待っていてくれ。王印はこの奥だ」
開かれた扉の向こうに、あばら屋が見えた。話に聞いたエルフィンの住処が、そこにあった。手前には、美しいリルの石で作られた、五十センチ四方のプレートが立ち並んでいる。表面には文字、名前が刻まれている。
「王家の墓――か」
テッドが呟いた。
「そうだ」
アルフリートは墓と同じ色の瞳で、それを見やりながら言った。
「いずれ私もここに眠ることとなる。エルフィンに守られて。だが」
その声に、覇気が漲る。
「今はまだその時ではない。すぐ戻る」
そう言い残すと、アルフリートは足早に小さな神殿内を通り抜け、あばら屋に入っていった。
「……さあて」
あばら屋の古びた扉がしっかりと閉じられるのを待って、テッドが口を開く。
「この仕組み、分かるか?」
「分かりません」
赤い髪を揺らしてミクが答えた。
「そうか。じゃあ、ここで待つしかないってことか」
「正直、参りましたね」
「全くだ。肝心のエルフィンの住処とやらに入れないんじゃな」
「それもそうですが」
ミクは細い眉をひそめた。
「何よりも、この現象をどう処理すればいいのか」
ミクは再び、開け放たれた小さな神殿の扉に手を伸ばした。何も見えない空間。大気のみが存在する空間を、白い手が突き進む。そして、止まる。
「拒否」
ミクは心のうちに浮かんだ言葉を、そのまま口にした。
「なんというか、近寄るなと言われているような。いえ、言われているというのは、ちょっと違いますね。拒否――ただ、拒否ですね」
「そう……かな」
小首を傾げ、そう呟いたのはユーリだ。
「そんな感じは受けないけど。むしろ、全てを受け入れるような、そんな気がするけど」
「そうなのですか? ユーリは、そう感じるのですか?」
「うん」
「まあ、そんなことはどっちだっていいさ。それより」
テッドはそこで、ちらっとあばら屋を見た。まだアルフリートが出てくる気配はない。心持ち小声で言葉を続ける。