蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第四章 対峙(2)  
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「ユーリ!」
 テッドがそう叫んだ時、すでにユーリの体は無数の光の帯に覆われていた。腕に、足に、絡みついた黄金のリボンが、やんわりとユーリを手繰り寄せる。小さな神殿の中へと、その身を誘う。その光に抗うことなく、ユーリは進んだ。神殿内へ、一歩を踏み出す。
 優しい刺激がユーリを包んだ。小刻みに震える光のリボン。やがてリボンは、ユーリの体をそっと離れていく。そしてするすると、神殿の壁に吸込まれる。光から解放されたユーリは、自らの力で、さらに一歩、奥へと足を踏み入れる。
 神殿内の光が、強く閃いた。と同時に、ユーリの背後から光が消える。ユーリの佇む場所、その位置から入り口までの空間にあった光が、たちどころに消えたのだ。
 一歩、また一歩。
 ユーリの歩調に合わせ、光は同じ現象を繰り返した。前方は光の海。その後ろには、本来の神殿の姿が蘇る。
「……くっ」 小さく、ミクが叫ぶ。
「ダメです。入れません」
「俺もだ。ユーリ、おい、ユーリ!」
 声の大きさは十分だった。しかし、ユーリは振り向くこともなく、歩み続ける。
 その耳に、何も聞こえていないようだ――。
 傍らを通りすぎるユーリを見つめながら、アルフリートは思った。それどころか、漆黒の瞳にも、何も映されていないように見える。何かに魅入られたような表情で、それでいて確かな足取りで、真っ直ぐに前へと進んでいく。
 光の海はもう、あばら屋の周りだけになっていた。目を開けていられないほど、その強さが増していく。そして――。
 拡散。
 ユーリの歩みによって圧縮された黄金の海が、瞬間弾けた。水滴が飛沫するかのように、無数の光の粒が辺りに散らばる。ちょうど大粒の真珠くらいの大きさ。その光の玉が、神殿内を飛び交う。壁、床、天井。それら障害物にぶつかる度に弾け、また飛ぶ。それはアルフリートに対しても同じであった。痛くはない。それどこらか何の感覚もない。ただ体に当たった光の粒が、向きを変え、また飛んでいく。外へ飛び出ることはない。入り口近くまで飛んできた粒は、何故か急に方向を変え、また戻っていく。勢いが弱まることもない。弾き、弾かれ、無限の運動を繰り返す。ただ一つの存在がなければ、この美しい光景は永遠に続いたであろう。
 ユーリ・ファン。
 その存在だけが、この光の粒子の動きを止めた。
 髪、顔、胸、手。
 光の粒子はユーリのそれに触れると、一段と美しく発光し、そこに止まった。
 背、腰、足、つま先。
 そして光の粒子は、ゆるゆるとそのままユーリの体内に埋もれていった。
 弾ける光は次第に数を減らし、ついに最後の一粒がユーリの頬に止まった。ぼうっと柔らか味のある光が強まる。幾分輪郭を広げた光の粒は、そのまま優しく肌に染みていく。ほんのりと最後の輝きをしばしの間頬に残すと、その空間に満ちていた全ての光が消え入った。
「ユーリ!」
 背中をついた声に、ユーリは我に返った。そして振り返る。すぐ側に、心配そうな顔が二つ並んでいる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよな」
「……うん」
 ユーリはこくりと頷いた。テッドとミクの強張った顔が、同時に緩んだ。
「で、結局今のは何だったんだ? というか、俺達、中に入っちまってるよなあ」
「中に……そうですね。先ほどまでは、完全に拒否されていたのですが。一体、どうなって――」
「どうなったというのだ」
 半ば呆然とした口調で、アルフリートは呟いた。
「こんなことが起きるとは。結界が……エルフィンの結界が消えるとは……」
 くぐもった声。それが仮面のせいだけではないことを、暗い瞳が語っていた。
「もはや、ここを守る力はない。もはや……」
 不意に、アルフリートの目の色が変った。虹彩の深部から、鋭い光が立ち昇る。
「まずい。このままにしておくわけには」
 そう小さく言葉を吐くと、アルフリートは立ち上がった。
「おい」
 声をかけたテッドには目もくれず、そのまま側を通り過ぎる。
「おい!」
「エルフィンの紋章を取ってくる」
 あばら屋の扉に手をかけたまま、アルフリートが言った。
「エルフィンの紋章? 確か、ガーダが狙っていたという――」
「結界が消えた以上、ここに放置しておくわけにはいかない」
 アルフリートは勢い良く扉を開けた。古びた扉が、思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げる。つと、その悲鳴が寸断された。アルフリートがユーリ達を顧みる。その意図を、三人はすぐに察知した。
 扉を支えるアルフリートの右腕に代わってテッドの腕が、さらにミクの腕が続く。そして、最後にユーリの腕を離れた扉は、再び激しい悲鳴を上げながら、ゆっくりと閉じていった。

 

 
 
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  第四章(2)・3