蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第四章 対峙(3)  
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      三  

 伝説のエルフィン。
 平和と秩序を愛した旧世界の民。その身は黄金の光に包まれ、不思議な魔法を使うという。姿は人とほぼ同じ。ただ一つ違っているのは、ほんの少しだけ尖った耳。
 そのエルフィンが住んでいたといわれるあばら屋に、一歩足を踏み入れたユーリ達は、はっきりとした失望を感じていた。
 そこは小さな部屋だった。中央にぽつんとあるのは、腐りかけた木製のテーブルと椅子。傷みが激しく、歩く度にぎしぎしと音を立てる床の上に、そのまま置かれている。年代以上の古さを感じさせる壁の一つには、棚。薄汚れた小箱が二つばかり乗っているその棚だけ、かろうじてまだ壁にしがみついている。だが、他は朽ちて、床に崩れ落ちていた。
 部屋の奥には、さらに小さな部屋があった。かつて扉が存在したと思われる空間から、かまどのようなものが覗き見える。周辺には、おそらく食器の類であろう物が、わずかに面影を残した状態で散らばっていた。他には、何もない。何も……。
 失意はそのまま吐息となって三人の口をつき、言葉となる。
「ただのぼろ屋じゃねえか」
「あんまり物がないね」
「その物自体も問題ですね。かなり文化的レベルの低い物のようです」
「まあ、時代からいきゃあ、それで正解なんだろうが」
「保存状態も悪いですね。伝説の――などという割には」
 そこでミクは言葉を切ると、アルフリートに向かって言った。
「いろいろと、調べたいのですが」
「ああ、勝手に見てもらって構わぬ」
 振り向きもせずにそう言い放つと、アルフリートは奥の小部屋へ入っていった。
「じゃあ、こっちはこっちでやることやろうぜ。とはいっても、見るとこ一つって感じだがな」
「箱自体は、特に変ったものではありませんね」
 すでに棚の前に立ち、パルコムで分析し終わったミクが言った。
「粗い細工が施された木箱――です」
「そうか。ユーリ、お前、なんか感じるか?」
「別に」
 小さく首を振りながらユーリは答えた。
「何も……感じないけど」
「じゃ、開けてみるか」
 そう言うとテッドは無造作に箱をつかみ、蓋を開けた。漆黒の髪と赤い髪が同時に揺れ、中を覗きこむ。
「こりゃ、なんだ?」
「花――のようですね」
 そこには、干からびた一輪の花のミイラが収められていた。鈴蘭を思わせる形。だがよく見ると、釣鐘型の花びらが三重になっている。それが、旅の途中でしばしば見かけたフランフォスの花であろうことを、三人はその姿から確信した。すでに色は失われている。かつて命があったことを微塵も感じさせないほど、褪せている。触れるはおろか、外気の微かな揺らぎですら、加えられれば塵と化してしまいそうなその花を、テッドは再びそっと箱に閉じ込めた。
 続いて、もう一つの小箱に手をやる。先ほどは少し細長い形であったが、こちらはほぼ正方形に近い。大きさはやや大きく、両手に少し余るくらいだ。蓋の表面には、同じく粗い細工。葉をモチーフにしたと思われる模様が、彫り込まれている。
 テッドはその蓋を開けた。漆黒の髪と赤い髪が、再び揺れる。そこに、長いダークブラウンの髪も加わる。互いの髪が今にも触れそうな位置で、三人の頭は止まった。そのまましばらく時が過ぎる。箱の中身をただ見つめる。
 それは、小さな絵だった。絵と言う表現が間違いでなければ、それは二人の子供の肖像画であった。そのうちの一人は、黄金の巻き毛と薔薇色の頬を持つ、天使とも喩えるべき姿をしていた。ただ、地球によくある天使像とは違い、ほんの少し耳の先が尖っている。
 エルフィン……。
 ユーリは心の中で呟いた。
 天使の隣には、もう一人の子供。銀白色の真っ直ぐな長い髪。赤葡萄のような瞳。そして、黒に近い褐色の肌。ある意味、正反対とも思える色彩を持つ子供。しかし、不思議なことに、形は隣の子供と生き写しであった。髪型を除けば、そこには色の違いしか存在しない。色がなければ紛れもなく、それは双子の姿であった。もちろん、二人の子供が酷似しているのは、単に絵描きの腕の問題である場合も考えられるが、少なくともこの絵に関して、それは当てはまらなかった。
 これは?
 箱を開けた瞬間、三人は息を呑んだ。外箱とは釣り合わぬ、あまりにも繊細で精巧なものが、目に飛び込んできたからだ。土台は大理石。その表面に細やかな絵。しかし――。
 テッドは首を捻った。精密画というものを、過去、見たことがある。しかし、それらは飽くまでも絵のレベルであったし、特に人物画で、これほどリアルなものは見たことがない。絵というよりは写真。まるで石に写真を焼き付けたかのように見える。表面の滑らかさも、むしろその考えの方が正しいように思える。
 これが、写真だとすると――。

 
 
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  第四章(3)・1