蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第四章 対峙(3)  
               
 
 

「おかしいですね」
 その声に、ユーリとテッドはようやく顔を上げた。二人の瞳に、パルコムを翳すミクが映る。
「表面に顔料の反応がありません。感光剤の反応も」
「っつーことは、どういうことだ?」
「要するに、これは絵でも写真でもないということです」
「っつーことは」 テッドは同じ質問を繰り返した。
「どういうことだ?」
「つまりこれは、こういう石だと。こういう模様の自然の石だと、そういうことになりますね」
 そんなバカな――という言葉は省略して、テッドは次の言葉を口にした。
「で、それを信じろってか? その辺に転がってた石が、こんな模様をしてましたって」
「信じるも信じないも」
 ミクはパルコムを仕舞い込みながら言った。
「それが事実です」
「そんなバカな」
 ようやくテッドは先ほど省略した言葉を吐いた。構わずミクは話を続ける。
「もちろん、これは石の上に、何も加工がなされていないことを示しているのであって、石自体に何らかの作用をする技術があった場合は、自然のものとは言えなくなります」
「石自体に――その成分や構造を変えてしまうような、そんな技術?」
 ユーリの言葉にミクは頷いた。
「石の色は、そこに含まれる成分や結晶の仕方で決まりますからね。もっとも、そんな技術があること、しかも、写真のようなレベルのものを作り出す技術となると……。自然にこんな模様ができました、というのと同じくらい、信じがたいことなのですけど」
 その時、ミクの瞳が左にスライドした。奥の部屋からアルフリートが戻ってきたのだ。
「おっ、ちょうどいい」
 テッドは手に持った小箱を軽く持ち上げた。
「この中身について、お前さん、何か知ってるなら教えてくれ」
 アルフリートはテッドの手の中にある物に一瞥をくれると、顔を背けたまま言った。
「ああ、双子の絵のことか?」
「絵……まあ、絵なんだろうが」
「双子、というのは間違いないのですか?」
「言い伝えによれば」
 忙しく視線を小部屋に巡らせながら、アルフリートは答えた。
「ここに住んでいた最後のエルフィン。そのエルフィンの子供達だという話だ。ただ、子供達は早くに亡くなってしまったと言われている。ちょうど、旧世界が滅んだ時に」
「破壊神、ですか?」
「言い伝えによれば、そうなる」
「結局、全てはそこですね。旧世界、破壊神、そしてエルフィン。この部分がこうも曖昧なままでは――」
 ミクの唇が動きを止めた。落ち着かないアルフリートの様子に、ようやく事態を把握する。
「ひょっとして、どこにあるのか分からないのですか?」
「ん? もしかして、ずっと探してたってか?」
「……行けば分かる。ガーダはそう言ったが」
 呟くように、アルフリートが言う。
「それらしいものは見当たらない。以前にもここを訪れたことがあるが、その時も特に何かを見つけることはなかった。このあばら屋の中にないとすると、探すのは無理だ。そもそも、どんなものかも分からぬのだから」
「気になっていたのですが、肝心のエルフィンの墓はどこにあるのです? 確かここに埋葬されたという話でしたね。とすれば、その墓に亡骸と一緒に納められているのでは?」
「墓はない」
 ここでやっと、アルフリートの目がミクの目を捉えた。
「これも言い伝えだが、エルフィンは墓を建てることを望まなかったそうだ。それどころかこのあばら屋も、壊して欲しいと願っていたという。結局、ここは取り壊されることはなかったが、亡骸の方は、確かな印しをつけることなくこの近辺に埋められた。泉の底か、小島の地下か、それとも湖に沈められたか……。やはり無理だな。エルフィンの紋章を見つけることな――」
 アルフリートの言葉が、急に途絶える。蒼い瞳はミクの顔をわずかに外れ、その後ろの壁を見入っている。ミクは振り返った。が、何もない。
「どうかしましたか?」
「いや」
 再びミクに焦点を合わせながら、アルフリートは言った。
「今、そこの壁が光ったように思えたのだが。気のせいだったようだ」
「とにかく」
 テッドが口を挟んだ。
「そういうことならしょうがねえ。エルフィンの紋章とやらを見つけるのは諦め――あぁっ!」
「テッド?」
「今、光ったぞ。そこ、そこの壁」
 そう言って、アルフリートの背後の壁を指差す。が、振り向くミクやアルフリート、さらにはテッドの目にも、ただの壁しか映らない。
「エルフィンの紋章……」
 俯き加減でユーリが小さく呟く。
「確かに光ったんだがなあ、さっき」
「先ほどは、反対側の壁が光ったように見えたのだが」
「どういうことでしょう?」
「エルフィンの紋章……」
 ユーリはまた小さく呟いた。
「おい、ユーリ。ぶつくさ言ってないで、少しは――」
「言葉だよ」
 くっきりとした声で、ユーリは言った。
「なぜだか分からないけど、言葉に反応するんだ。呪文のように」
「言葉?」
「反応?」
「呪文?」
 口々に尋ねる三人に、ユーリはにっこりと笑顔を見せた。
「うん。どこでもいいんだけど、とりあえず」
 そう言うと、ユーリは部屋の中央にある古びたテーブルの上を指し示した。
「ここ見てて」
 吸い寄せられるように、三人の視線がユーリの指先に集中する。
「じゃあ行くよ――エルフィンの紋章」

 
 
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