蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第四章 対峙(4)  
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「大丈夫か?」
 テッドの声にミクは頷いた。
「ええ」
「骨に異常はない。だが、しばらくは使えんぞ。その左手」
「分かりました」
 ミクは、すでに治療を終えた自分の左腕に目をやりながら答えた。
「なるべく良い患者であるよう努力します。それより、ユーリは?」
「あいつは寝てる」
「……寝てる?」
「ああ」
 テッドはミクと同じように、瓦礫の小山にもたれかかるようにして腰を下ろした。
「あんまり気持ち良さそうに寝てるから、一度、叩き起こしてやったんだが。ああ、テッド、みんな無事だったんだね、良かったとかなんとかごにょごにょ言って、また寝ちまった」
「ふっ」 ミクの口元が思わず緩む。
「幸せそうに眠りますからね。ユーリは」
「あいつはガキだからな。寝るのが楽しいんだろ」
「アルフリート王の方は、どうです?」
 笑みを湛えたままミクは尋ねた。
「すり傷程度なら少々あったが。それぐらいだな。もっとも、やっこさんの場合は、それ以前の傷の方が問題だが」
「かなりの強行軍でしたからね。王の証である王印を手に入れ、王座を奪還する。その執念だけで体を動かしていたのでしょう」
「執念稔って、王印とやらを手に入れることはできたが」
 会話が、途切れる。かつて神殿のあった場所を、二人は無言で見つめた。風の音だけが支配する時が続く。テッドがぽつりと呟いた。
「俺達、とんでもねえ所に来ちまったな」
 ミクは何も言わなかった。それが答だった。漠然と、その瞳に目の前の風景を映す。暗闇に慣れてきたのか、それとも朝が近いのか、徐々にその詳細がはっきりしてくる。まるで爆弾でも投下されたかのような光景が。
 あの時。
 地面がうねるように揺れ、神殿の壁に、柱という柱に、亀裂が走った。荒れ狂う黒竜のように、その亀裂は柱を伝って天に昇り、神殿を破壊した。崩れ落ちる屋根が目前に迫る。その下敷きになろうとした瞬間、風が巻き起こった。光の風。その時ミクはそう思った。
 光の風は中心から外へ、何もかもを吹き飛ばしていった。柱や天井が、その凄まじい風で粉々に砕ける。だが、その風の牙が、ミク達に向けられることはなかった。むしろ、そっと包み込むようにして、外へと運んでいく。
 あれは何だったのか。あれは誰だったのか。あれは――。
 ミクはそこで思考を止めた。そろそろと動くものを視界に捉え、目をこらした。それは、ユーリだった。陥没した円、その中央付近に、テッドに見捨てられた状態で転がっている。一応、上着らしきものを被せてもらってはいるが。
 そのユーリが、すうっと両腕を伸ばしたのだ。伸びをするような仕草をして寝返りをうつと、また動かなくなった。辺りの空気が和らぐのを、ミクは感じた。
「ところで、これからの事だが」
 聞き取れないくらい小さな掛け声をかけて、テッドが立ち上がった。両肘を曲げたまま水平に腕を上げ、右、左と体を捻る。
「城に向かったところで、またあの化け物が待ってるんじゃなあ……どうする?」
「そうですね」
 ミクはユーリに視線を置いたまま答えた。
「こういう時は、短いスタンスで考えましょう」
「短いスタンス?」
「まずは、ポルフィスの町まで戻る。そういうことです。それから先のことは、またその時に」
「それって、お前さんの嫌いな行き当たりばったりじゃねえのか?」
「それは違います」
 ミクの声に、冷ややかさが戻る。
「現状を把握した上で、最善の方策としてそれを選択するのですから」
「ふん」
 テッドは軽く鼻で笑った。
「どっちでもいいさ。前進あるのみも、行き当たりばったりも、俺は嫌いじゃねえから……おっ」
 テッドはそこで言葉を切った。そして、東の稜線を見据える。
「見ろよ。もうすぐ夜が明ける」
 ミクは顔を上げた。一瞬も止まることなくその色を変化させる、空と山の境目を見つめる。黒々とした頂きにかかる雲が、美しく染められた紗となって上空に広がる。より明るく、より鮮やかに。色は次第にその力を増し、ついに闇は太陽に屈する。天と地を、貫く光が降り注ぐ。
「さてと」
 テッドの声に明るさが戻った。
「一眠りするか。どうせまだみんな、すぐには動けねえ」
 そう言うと、テッドはどかっと腰を下ろした。頭の後ろで手を組み、瞼を閉じる。
「お前さんもしっかり寝とけよ。そして午後には、ポルフィスに向けて出発だ」

 

 
 
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  第四章(4)・2