蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第五章 闇に蠢くもの(1)  
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 <闇に蠢くもの>

      一  

 赤茶けたレンガ色の屋根が並ぶポルフィスの町並み。数日前、初めて訪れた時と変らぬ澄んだ空気。尖塔の鐘が静かに響く。時を告げる鐘ではないようだ。二つずつ対に、それが何度も繰り返される。何かを知らせる鐘の音が、町の隅々にまで行き渡る。
「あれ、見て!」
 ユーリの声に、一行は往来に目をやった。ちょうどこの町の商人、ビルレームの屋敷前。そこに、たくさんの人が集まっている。皆一様に、闇の色をしたローブを纏い、肩を落として佇んでいる。重苦しい雰囲気、沈痛な表情。近づいてはみたものの、後一歩が踏み出せず躊躇していた一行だったが、ようやくミクが一人に声をかけた。
「何か、あったのですか?」
「あっ、あんた達」
 声をかけた男のすぐ後ろで、そう呼びかける者がいた。その顔に見覚えがあった。痩せた、貧相な顔つきの男。
「ちょっと、こっちへ」
 男の手招きに導かれ、一行は狭い路地へと入っていった。入るやいなや、男が小声で言う。
「ビルレームさんが、お亡くなりになった」
 四人の息が止まる。ユーリの目が、大きく見開かれる。
「亡くなった? 何が――どうして?」
「ラグルに殺られたんだ」
 アルフリートの瞳が凍りつく。
「急ぎの荷があって。でも、どうしても運び手が見つからず、ビルレームさん自ら使用人二人を連れて、荷の運搬に出られたんだよ。そこをラグルに襲われた。皆殺しだった」
「まさか」
 半ば自答するかのように、アルフリートが呟く。
「いくらラグルでも、そこまでやるはずは――」
「あんた、ラグルの肩を持つのか?」
 押し殺したような声に、怒気が加わる。
「そりゃあ、今まではなかった。荷物を守ろうと小競り合いになって、多少の怪我人が出ることがあっても、こんな酷いことは。いざとなったら荷を諦めて逃げればいい。ラグルも荷物さえ手に入れれば追っては来ない。今までは確かにそうだった。でも、相手は所詮盗賊だ。ラグルだ。こういうことが起きても、おかしくなかったんだ。くそっ」
 まるで自身に向けるかのように、男は言葉を吐き捨てた。そして眉間に深い皺を寄せる。
「ひでえもんだったよ」
 声に、新たな別の感情が含まれる。
「斧でめった切りだ。ビルレームさんなんざ、顔も分からなくなっていた。トゥアラさんの目が見えねえのが、せめてもの、救い……」
 男はそこまで言うと、小さく首を横に振った。
「そういうことだからあんた達、すぐにこの町を離れた方がいい。町の者の中には、あんた達のことを良く思ってないやつもいる。トゥアラさんが頼んだんだろ? 荷の運搬を手伝って欲しいって」
「そんな話は――」
「確かに」
 テッドを制してアルフリートが答えた。
「頼まれた」
「おい、いつの間にそんなこと?」
「……夜に」
「夜?」
「その時」 男が話の間を割る。
「あんた達がちゃんと力を貸してくれたら、こんなことにはならなかった。そういう風に思ってるやつもいるんだ。あんた達にとっては逆恨みもいいとこだろうが……。とにかく、ここは黙って町を離れてくれ。トゥアラさんがじっと悲しみに耐えてるってのに、ごたごたを起したくねえ」
「分かりました」
 静かにミクが答えた。
「それにしても、あなた自身は私達に、悪意を持っていらっしゃらないのですか? お話を聞く限りでは、ビルレーム一家に対して、随分とお心を配っておられるようですけど」
「俺には、あんた達を責める資格はない」
 男の目が、虚ろな色に染まる。
「俺だけじゃない。町のもの、みんなそうだ。あの日、誰もビルレームさんに手を貸さなかった。自分の身が可愛くて。下手に手助けして、自分達へ矛先が向くのを恐れて。ラグルの連中は、一つの商家に目をつけるとそこばかり襲うんだ。一度襲撃が行われると、それを恐れて荷の運搬を引き受けるやつが減る。要するに、荷を守る人数が減ってしまう。そうなりゃラグルは、次の襲撃でよりたやすく荷を奪うことができるというわけだ。だからといって、商家が商品を運ぶのを止めることはできない。結局は、店が潰れるまで襲われ続けることになる。でもその間、他の商家は安泰だ。みんな見て見ぬふりをしたんだよ。ビルレームさん一人を犠牲にして」
 男はそこで肩を震わせた。
「でも、まさか……こんな酷いことになるとは……」
 男は俯いた。その口から、何かが語られることはもうなかった。
 そっとその場を離れる。と、ほとんど同時に、アルフリートが動いた。無言のまま、足早に来た道を戻る。
「おい」
 テッド達が後を追う。
「おい、ちょっと待て」
 アルフリートの歩みは、なおも速まる。
「なんで戻るんだよ。王家の墓に忘れ物でもしたってか?」
「……少し戻った所に横道がある」
 ようやく立ち止まってアルフリートが言った。
「ファルドバス山に続く道だ」
「ファルドバス山?」
「ラグルが、そこに住んでいる」
 俄かにミクの顔が曇った。その意を真っ先に理解し、冷ややか過ぎるトーンで声を放つ。

 
 
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