蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第五章 闇に蠢くもの(1) | ||||||||||
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「報復――でも、しようというのですか」
鋭い光を放つミクの目を、アルフリートは見返した。
「釘をさすだけだ。無論、我らが何かしたところで、一時凌ぎにしかならないが」
そこで、声が途切れる。自ら発した言葉に、一瞬立ち止まる。
「……一時凌ぎにしかならないが」
アルフリートの瞳が不安定に揺らめく。が、すぐに強い意思の煌きが、その瞳と声に蘇る。
「このまま、捨て置くわけにはいかぬ」
テッドは頭を掻いた。
「とは言っても……どうする気だ?」
「ラグルは血族社会だ。長を中心に一個の集団は、みな血縁関係にある。それぞれの集団ごとに縄張りを持っており、この辺りのラグルはヌアテマを長とする一派だ。長になる者は、純粋に力の強い者。その力で集団を統率している」
「なるほど。その長さえ力でねじ伏せればという事ですか」
「っつー事はなんだ? そいつと一対一の決闘でもしようってか?」
「それは無理だな。ラグルにそんな風習はない」
「じゃあ結局、その一族みんなと戦うってことじゃねえか。血縁関係だけといっても、そこそこ人数はいるんだろ?」
「そうだな」
アルフリートは仮面越しに右手を顎にあてがった。
「ざっと、八百」
「はっ」
テッドは首を振った。
「話になんねえな。お前さんが何を思ったかは知らねえが。こちとら、無駄死にするような趣味は持ち合わせてねえ」
「テッドの言う通りです」
冷ややかさに加え、険しさも含んだ声でミクが言った。
「ビルレーム氏を救えなかったこと。それを感傷的に受け止めて、冷静な判断を失うようでは」
「勘違いするな」
仮面の奥で、蒼い瞳がきらりと光る。
「そんなつもりはない」
「勝算でもあるってえのか?」
「それを」
アルフリートの右手が、ゆっくりと上がった。テッドの腰にある物を、その指先が捉える。空気がわずかに張り詰める。
「神殿の中で、その力を……力を見せてもらった」
起伏のない、淡々とした声が続く。
「それなら……十分に戦える。手を貸して欲しい」
「ふん」
テッドは小さく鼻を鳴らした。それは一体何だ――と、アルフリートは尋ねなかった。尋ねはしないが、思ってはいる。レイナル・ガンという名も仕組みも知らないが、その威力はもう分かっている。
「無理だな」
そう言いながら、テッドはアルフリートの目を見つめた。探るような口調でさらに続ける。
「いくらこいつでも、一度に八百もの相手はできねえ」
「心配はない。奇襲をかける。その武器は……脅しに使うだけだ」
「えらく自信たっぷりだな」
皮肉っぽくそう言うと、テッドはちらりとミクを見た。一見、無表情に見える。しかし。
参ったな。迷ってる時の顔だ。そりゃ、このまま放ってはおけないってのも分からなくはないが。
「じゃあ、急いだほうがいいね」
屈託のない透明な声。一瞬、空白の時が生じる。
「……ユーリ」
「おい、ユーリ」
「だって、ぐずぐずしてると、また誰か犠牲になるかもしれない……でしょ?」
否定のしようがない真実を指す言葉に、テッドとミクは小さく息を吐いた。
「やれやれ。世直し行脚でもしようってか?」
額に手をあて、頭を抱える仕草をしながらも、テッドの声に曇りがない。
「状況によっては撤退もあり得るということを、常に念頭に置いて下さい」
無機質に、そうアルフリートへ言葉を放ったミクの表情にも、翳りはなかった。
「わかった」
短くそれだけを、アルフリートは答えた。
尖塔の鐘がまた二つ、しめやかに響いた。