蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第五章 闇に蠢くもの(3)  
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      三  

 太陽が天からゆるゆると下り始める頃、エルティアラン出征軍は、街道沿いの街ヴェーンで一時の休憩をとっていた。ここから先、二股に分かれている道の右方、北東に突き進めば、そこにエルティアランがある。およそ十日の行程だ。しかし――。
 ロン・ティアモスは、そこで濃く太い眉をひそめた。その眉と、それに負けず劣らぬ黒々とした顎鬚が印象的な男。キーナスにある八つの騎士団の一つ、アムネリウス騎士団。その長であり、そしてこの出征軍の総司令官が彼である。
 全体的に四角張った顔は精悍で、眼光も鋭い。がっしりとした体は、いかにも優れた武人らしく頼もしい。そして実際、彼はこの外見を裏切らぬ実力を備えていた。経験的にも年齢的にも、まさしく油が乗ったとはこのことであろう。キーナスにおいて、いや、近隣諸国を探してみても、一対一で彼に抗するものがいるかどうか。伝説的な逸話を持つベーグ・ロンバードにしても、今のこのティアモスには敵うまい。
 さらに彼は一軍を、しかも大軍を率いるに要する能力、それにも長けていた。その一軍の長が、眉間に深い困惑の皺を刻んでいたのだ。
 さて、どうしたものか……。
「失礼致します」
 とそこへ、一人の男が入って来た。栗色の長い真っ直ぐな髪に端正な顔立ち。細身の体に蒼き鎧がよく似合っている。所作や表情にどこかしら品の良さを感じさせる男で、軍人というよりは芸術家のような雰囲気がある。
「閣下、お呼びでしょうか」
「うむ」
 ティアモスは短くそう言うと、部屋の片隅にある椅子を指し示した。滑らかな動きで、男は椅子に腰を掛ける。動作の全てがどこか無骨な自分と比べて、ティアモスは胸の内で苦笑した。無論、この男の才は、その洗練された所作のみにあるわけではない。騎士として軍人として、能力のない者に蒼き鎧を与えるほど、キーナスの国王は愚かではない。ましてや、一個の騎士団を任せるとなれば、それ相応の力が必要となる。ロイモンド騎士団長という重責を、三十にも満たない若さで務めるパストゥア・リブラ将軍を見据えながら、ティアモスは古ぼけた寝台の端に腰を下ろした。
 そう、ここは、ヴェーンにある宿屋の一室であった。
「噂は、もう聞いたか」
「はい」
 歌でも歌わせればさぞやと思わせる声で、リブラは答えた。
「昨夜一晩中、ファルドバス山付近の空が、赤く輝いていたとか。ちょうどポルフィスの町の上空が」
「うむ。貴殿はこれをどう思う?」
「山火事ということも考えられなくはありませんが。あの辺りは木々もまばらな岩山が多いこと、加えて昨夜は風のない穏やかな日であったとの報告もあります。それらを考えると、やはり町に何かあったと判断するのが妥当ではないかと」
「うむ。で、貴殿は何があったと思う?」
「ラグル……ではないでしょうか」
「やはりラグルか」 ティアモスは唸った。
「まさか、町まで襲うとはな」
「はい。私も、にわかには信じがたい思いです。確かにここの所、ラグルの蛮行は目に余るものであったようですが」
 すっとしたその顔に、沈痛な表情を浮かべたリブラの言葉に頷きながら、ティアモスは言った。
「だが、事は現実に起きてしまった。対処せねばなるまい」
 顎鬚を撫でながら、ティアモスは続ける。

 
 
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  第五章(3)・1