蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第五章 闇に蠢くもの(3)  
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「あの辺りのラグルは、ヌアテマを長とする一派だ。ラグルの中では最も巨大で、数はおよそ八百。そのうち戦えるものは、六百あまりと言ったところか。向こうに圧倒的な地の利があることを考えれば、犠牲を最小限に押さえて勝利するために、三千は必要だろう。つまり、我が軍の四分の一の兵力が」
「軍を分けて、とお考えですか?」
 当然来ると予期していた質問に、ティアモスは険しい表情で答えた。
「一昨日、陛下より使者が参った。先を急げとのお達しであった」
「そうですか。では、軍を分けるしかありませんね」
 穏やかな表情のままリブラは言った。
「どんなに急いでも、ここからポルフィスまで丸三日。さらにファルドバス山までは二日の行程。十日以上の遅れは必至です。とはいえ、できることなら軍を分けたくない。遺跡調査団の護衛だけなら、十分過ぎる数……でしょうが」
 含みのあるリブラの言葉に、ティアモスの顔がさらに曇る。
 なぜ今、エルティアランに――。
 同じ疑問を持つ者は、このリブラだけではないだろう。エルティアランにおける破壊神の伝説は、キーナスだけのものではない。過去、それを巡って、どれほどの争いがあったか。調査団を派遣するだけでも、隣国を刺激してしまう。もちろん今回の調査は、この忌まわしい破壊神の存在が、伝説にしか過ぎないことを証明するためのものであろうが。しかし、もしそれが失敗すれば、事実無根であることを明らかにできなければ、事態は取り返しのつかないこととなる。危険な賭けだ。それに、何より疑問なのは、なぜこれだけの護衛隊が必要なのかだ。仮に護衛だけではなく、ラグルを壊滅させるためだとしても、三千もあれば十分のはず。
 ティアモスの右手が、無意識に動いた。懐にあて、そこにあるものを確かめる。堅い感触。王の使者より手紙と共に預かりし物。表面に細かな模様が刻まれた、鈍い暗緑色の小さな円盤。
「閣下?」
「あっ、いや」
 ティアモスは懐から手を離した。考え過ぎだと、自分に言い聞かせる。でなければ、考えが足りないのだ。しかし――。
「貴殿の、言うとおりだ」
 苦虫を噛み潰したかのような表情のまま、ティアモスは言った。
「できるだけ、兵を残しておきたい。エルティアランに向かう兵を」
「なるほど」
 リブラの口元が、微かに緩む。
「それで、お悩みになられていたのですね」
「で、どれだけの兵なら勝てる?」
「そうですね。なれば、その半数」
「うむ。やはりその辺りが妥当か」
 ティアモスは大きく頷くと、勢い良く立ち上がった。動きに伴い、荒々しく風が起る。
「リブラ将軍」
「はっ」
 滑やかにリブラが立ち上がる。ティアモスとは対照的に、しなやかな空気の流れが生じる。
「貴殿に命ずる。千五百の兵をもって、ヌアテマを討伐せよ」
「はっ」
 強い陽射しがようやく翳りを見せる頃、エルティアラン出征軍はヴェーンを後にした。夕陽の色に染められた街道を、二股に分かれて行く。
 共に、何かに追われるように、先を急ぎながら。

 

 
 
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