蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第五章 闇に蠢くもの(4)  
              第五章・3へ  
 
 

 

      四  

「これは……」
 ポルフィスの町の惨状を前にして、リブラは絶句した。ある程度の予想はしていた。覚悟も決めていた。かなり遠くから、町の上空に黒く細い煙が幾筋も上がっているのを認めていたし、近づくにつれ、風が運んでくる匂いに、暗鬱とさせるものが入り混じっているのを覚えていた。が、
「――全滅か」
 現実は予想を越えていた。ポルフィスの全てが焼き尽くされていた。文字通り、全てが。
 黒い塊と化した町並みを左右に捉えながら、広場へと馬を進める。無残な姿に、しばしばその歩みが止まる。町の者の多くは、その家ごと炭となっていた。大量に油でも使ったのか、ほとんどが逃げ出す間もなく焼かれている。かろうじて外に飛び出した者も、数歩も行かないうちに力尽き、道端で絶えていた。形こそ人の輪郭を止めてはいたが、いずれも目を背けたくなるような姿であった。
 リブラは手綱を引いた。目の前に横たわる遺体を見つめる。子供を抱いたような形。抱いているのは母親か、父親か。抱かれているのは男の子か、女の子か。もう分からない。脳裏に、業火の中、火だるまになった人間がゆっくりと崩れ落ちる情景が過る。胸のうちに沸々と、激しい感情が湧き上がる。
 これは、虐殺だ。
 リブラは強く唇を噛んだ。だがその思いと同時に、ある疑問も覚える。
 争った跡がない。略奪の跡がない。ただ、皆殺しにするためだけに、ラグルはここを襲ったのか。なぜ、そんな事をする。そんな事をして、何の得があると言うのだ。本当にこれは、ラグルが……?
 リブラはまた手綱を引き、馬を止めた。そこは町の広場だった。中央には小さな泉。今は枯れたその泉を目指して、死に物狂いで這って来たのであろう。全身焼け爛れた遺体が、いくつも横たわっていた。そして、それらに混ざってラグルの死体も。逃げ遅れたか、あるいは町の者の抵抗に会い、争った末破れたか。ほんの数体ではあったが、町の者と同じく悲惨な姿で転がっていた。
 やはり、ラグルか。
 疑念の全てが晴れたわけではないが、はっきりとラグルの姿を前にしてリブラは唸った。馬から降り、死体に近付く。その中に、折り重なっているものがある。上に被さっているのはラグルの巨体。身につけている鉄の鎧が、波打つように曲がっている。その下の遺体は町の者。他の遺体と同じく、衣類もろとも表皮が溶けている。だがこの遺体には、一つ違う所があった。ざっくりと頭を割るように、斧が突き刺さっていたのだ。
 リブラはすうっと細く息を吸い込みながら、瞼を閉じた。そしてそれを深く長く吐き出してから、ゆっくりと目を開ける。おもむろに斧に手を伸ばす。引き抜こうと柄を握る。だが、黒焦げの柄は、リブラの手の中で瞬時に崩れた。塵となり、はらはらと地に落ちる。
 一陣の風が吹く。風がその塵を舞い上げる。塵は何度か渦を巻きながら、瞬く間に遥か上空へと運ばれる。それを目で追うリブラの顔に、険しさが増す。
 塵が誘ったその先に、ファルドバス山が聳え立っていた。切り立つ岩肌が、リブラを見下ろす。拒むような、挑むようなその岩壁を、リブラはじっと見据えた。その瞳に、屹然たる光を湛えながら。

 

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第五章(4)・1