蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第五章 闇に蠢くもの(4) | ||||||||||
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もしも……。
もしもその場に居合わせた者がいたのなら、その者は恐らく、自身の目に映ったものを信じることができなかったであろう。
星もまばらな深い夜。時折、山から吹き降ろす風が、むせび泣くような音を立てている。馬が嘶く。険しい山道を進まねばならぬリブラの軍が、町に残した馬たちだ。
蹄の音が不規則に響く。苛立つように忙しなく土を踏み、怯えるように互いに身を寄せ合う。そのすぐ側で、馬番達が眠っている。不自然なほど、安らかな寝息を立てて。
一頭の馬が、一際激しく嘶いた。前足を高くあげ、威嚇するように空を蹴る。水面に波紋が広がるように、次々と全ての馬がいきり立つ。
音が、途切れる。風が止む。痛みを感じるほどの静寂が、辺りを圧する。濡れたような漆黒の闇が、纏わりつくように町を覆う。全てが一色に染まる。
ふわりと。
塵が舞った。音もなく、風もないのに塵が舞う。いや、動いたのだ。泉の側に横たわる大きな塊が、わらわらと蠢く。蠢きながら立ち上がる。
塵の大きな塊は、はっきりとした形を持っていた。命あるものの姿。紛れもなく、その輪郭をしている。頭、腕、胴体、足。その足で一歩を踏み出す。そしてもう一歩。
塵が激しくわななく。震えるように振動し、互いに擦れ合う。音が戻る。カサカサという小さな音が集まり、波のように大きくうねる。
やがてその音が消え、代りに色が蘇る。頼りなげな星の光の下で、紺と紫の濃淡が、その者を表現する。
ラグル。
間違いなく、それは先ほどまで死者であった。しかも、かつて命を宿していたとは思えぬ姿の死者。だが今それは蘇り、立ち上がり、歩いている。いかなる魔術がその者に施されたのか。それとも、先ほどまでの姿が、生者にかけられた呪いに過ぎなかったのか。
だが、それを判断するものは、そこにはいなかった。ただ、すすり泣くような音を立てる風と、果てしない闇だけが、その全てを見ていた。