蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第六章 流血(2)  
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      二  

「次はここを右に進む」
 曲がりくねった通路の一角で、ラグルが言った。洞窟内は無数とも思える横穴が掘られていて、ちょっとした迷路となっていた。所々設置された松明の明かりだけでは薄暗く、加えてどこも同じような色味と形の岩ばかり。このラグルの案内がなければ、間違いなく迷っていただろう。
 途中、このラグルとは別のラグルに遭遇した。一行を見るなり、物凄い形相で挑みかかってきたが、幸いにも争いになることはなかった。捕虜にしたラグルが素早く制したからである。先刻示したデモンストレーションの効果は絶大だった。とはいえ、遭遇したラグルをそのまま残すわけにはいかない。結局同じく捕虜として、ユーリ達の前に立って歩くこととなる。
 これ以上、増えてくれるなよ。
 背後で銃を構えながら、テッドは心の中で呟いた。見上げるほどの巨漢、発達した筋肉、まともに戦えば一溜まりもない。
 厳つい肩を揺らしながら先導するラグルと、適切な間合いを保ちながら進む。近付き過ぎて反撃を受けないように、離れ過ぎて逃げられないように、細心の注意を払う。時折狭まる通路も、ユーリ達の神経をすり減らした。横一列のラグルの姿が、通路の幅に応じて重なる。そのたびに、銃を持つ手が緊張し、呼吸が止まる。二人のラグルで、すでに手一杯の状態であった。
「この突き当たりが、頭の部屋だ」
 不意に振り向いたラグルに、一行の体が強張る。少し遅れて、頭が言葉の意を理解する。四人の口からほぼ同時に、小さな吐息が漏れた。
「よし」 アルフリートが言った。
「そのまま進め。頭の部屋まで」
 ラグルの目が、反抗的に光る。憎々しげに、ユーリ達を睨む。が、その手にある物に視線を落とした途端、顔を歪めた。
「ふん」
 ラグルは、さも不満そうに鼻を鳴らした。そして無言のまま大股で歩き出す。慌てて後を追うユーリ達に、闇の輪郭を縁取る岩肌が迫る。
 いつの間にか、空気の流れが緩やかになっていた。


 ヌアテマ。
 八百あまりのラグルの一派。その頂点に立つ長がそこにいた。体はそれほど大きくない。だが、節々は太い。ラグルの中でも並外れた力の持ち主であることは、一目で理解できる。その中で最も強い者が一族を制するというのは、真実のようだ。しかし、優れているのは体だけではない。その顔、その表情。常に野性的な鋭さを湛えてはいるが、同時に奥深い。少なくとも、愚かな者の顔ではない。そのことが自分達にとって吉なのか凶なのか、今の時点でユーリ達は推し量ることができなかった。
「人間ごときが、何用だ?」
 二人の捕虜と共になだれ込んだユーリ達を見て、いったんは唸り声を上げ身構えたヌアテマが、ゆっくりと腰を下ろしながら言った。部屋はそれほど広くなく、地面に薄手の織物が敷かれている他は、装飾類のない簡素なものだ。ヌアテマが腰をかけている椅子も、ただ大木を切り出したに過ぎない。四隅に掲げられた松明だけでは全体を明るくすることはかなわず、部屋は薄暗い。しかし、ヌアテマの背後の壁にも二つの松明があり、それが長の輪郭をくっきりと輝かせていた。
 ぐうっとヌアテマが胸を張る。発せられる気が波動となり、ユーリ達の皮膚を圧する。思わず肩に力が入る。決して自分達が優位ではないことを意識する。
「分からぬ、とでも言うのか」
 呟くような小さな声が、アルフリートの口から漏れた。それは圧縮された声だった。感情の全てを一点に押し込めた音だった。蒼い瞳がヌアテマを射る。それに追随して、仮面越しに唇からも矢が放たれる。
「たった数日前のことを、覚えていないとでも言うのか!」
 炎を伴うアルフリートの言葉に、ヌアテマの表情が変った。探るような目でアルフリートを見る。
「話が……見えぬな」
 低い声でそう言葉を発すると、慎重な動きで両手を膝に置いた。威嚇するような肩のラインが落ちる。視線をアルフリートに置いたまま、ほんの少し前屈みの姿勢となる。その目の険しさは変らないが、攻撃的な光が鳴りをひそめる。十分な間をあけて、再び口を開く。
「話が見えぬ」
「ポルフィスの件だ」
 叩きつけるようにアルフリートが言った。
「金品を略奪するだけでは飽き足らず、さらにその命まで奪うとは」
「待て。略奪は認めよう。だが、人間に手をかけたことはない」
「この期に及んで、しらを切るか」
「それが事実だ。人を殺めて、わしらに何の得がある?」
「…………」
 アルフリートは沈黙した。ただ鋭い目でヌアテマを見る。いや、見抜く。心の奥底まで見通すような、どんな些細な影も見逃さないような、そんな目で見る。
 違う――のか?
 ひりひりと皮膚を刺すような張り詰めた空間の中で、アルフリートは迷った。
 違う――のか?

 
 
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  第六章(2)・1