蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第六章 流血(2)  
               
 
 

「ジャグラ・ディアダ!」
 突如、静寂が裂けた。だがそれは、この場の誰でもない声によるものであった。新たなラグルが大声を上げながら、この部屋に飛び込んできたのだ。意識がそのラグルに流れる。ほんの束の間、時が止まる。
「シッ・バールム・オルザ!」
 捕虜のラグルがそう叫んだ。その言葉が終わりを迎えるより早く、テッドに向かって突進する。もう一人のラグルがミクに、そして飛び込んできたラグルがアルフリートに襲いかかる。
 テッドの放ったレイナル・ガンが、ラグルの右肩を抉った。わずかに狙いが外れる。猛然とそのまま突っ込んで来るラグルを、辛うじてかわす。ラグルの右手が背後の岩壁を殴る。激しい音をすぐ耳元で聞きながら、テッドは素早く腰を落とした。その頭上で、さらに追い討ちをかけんとしたラグルの左腕が唸りを上げる。斜めに転がるような姿勢から、再び銃の狙いを定める。その時――。
 ミクは襲いかかるラグルを間一髪右にかわした。かわされたラグルが数歩、前へよろめく。だが、かわしたミクもバランスを崩した。自由に動かせない左腕が、本来の鋭敏な動きを妨げる。先に体勢を立て直したのはラグルだった。ラグルの太い腕がミクの細い首を鷲づかみにする。その時――。
 アルフリートとラグルは、数瞬の間互いを見合った。空白の時は、全く同じだった。申し合わせたようなタイミングで、二人は動いた。その手に武器を取る。天を突き上げる剣と、段上から振り下ろされた斧が、鈍い悲鳴を上げる。少しばかりその方向を変えた斧が、剣を圧したままアルフリートの右肩をかすめる。その衝撃に耐えきれず、アルフリートは膝をついた。その時――。
「シッ・ドゥ!」
 ラグル達の動きが一斉に止まった。肩を怒らせ、目を血走らせたまま、声の主を見る。
「シッ・ドゥ。待て、そこまでだ」
 ラグルの長は静かに言った。そして続ける。
「いい腕だ。小僧」
 あの瞬間。
 ユーリは不意をつかれた。飛び込んできたラグルに気を取られ、後ろがおろそかになった。背中で鳴った風を切る音に、無意識のうちに体が反応したのは、奇跡としか言いようがない。まるで、誰かに抱きかかえられるかのように横に倒れ込みながら、ユーリはヌアテマの斧をかわした。崩れた姿勢をすぐさま元に戻し、銃を構える。と、構えきる前に、間合いを詰めたヌアテマの第二波が、銃口を払う。触れたか触れないかにも関わらず、ユーリの銃は弾き飛ばされた。
 強い――。
 再び返される斧を抜きざまの剣で受けながら、ユーリは思った。斧が剣にぶつかる。抗って、敵う相手ではない。ユーリはたくみにその力を受け流した。流された斧が、無駄に大きな弧を描く。ヌアテマの体に、初めて隙ができる。ユーリはその隙を見逃さなかった。
「見事な腕だ」
 ヌアテマは、両手で握り締めた斧を左方に構えながら言った。それを水平になぎ払えば、ユーリの胴体は真っ二つになる。首筋にある冷たい感触がなければ、そうしたであろう。突き立てられた、ユーリの剣がなければ。
 ヌアテマの手から、するりと斧が落ちた。それを合図に、ラグル達が引く。
「話を続けようか」
 再び態勢を取り戻したアルフリートが、剣を構えたまま言った。
「分かった。だがその前に、そいつの話が聞きたい。急を要する話のようだからな」 
 そう言うとヌアテマは、飛び込んで来たラグルの方を向いた。
「ジュカス、何があった?」
「シェバ・レムールス・コロドゥムーバ・ヴィン――」
「シッ・ドゥ!」
 一気に空気が緊迫するのを感じ、素早くヌアテマが制した。
「ジュカス、忌々しいが、人間どもの言葉で話せ。コロドムバがどうした?」
 小さく舌打ちをして、ジュカスが再び口を開く。
「報告があった。ここに人間どもが向かって来ている」
 ヌアテマは軽く鼻で笑った。
「人間どもなら、もうここにいる。身に覚えのない言い掛かりをつけにな」
「そんな生易しいもんじゃない。やって来ているのは軍隊だ」
「軍隊?」
「数はおよそ千。いや、もっといるかもしれない。その中には、蒼き鎧の騎士もいる」
「蒼き鎧の騎士……」
 ヌアテマとアルフリートが同時に呟いた。
「そうか。これで分かった」 ヌアテマが低く唸る。
「人を殺めただのという根も葉もない話をでっちあげ、それを口実にわしらを潰すつもりだな。お前達のいう人間が死んだのはいつだ? たった数日前に起きたことのために、一体いつから軍隊を差し向けたというのだ? 間違いない。わしらははめられたのだ」
 ヌアテマの顔に、みるみる怒気が溢れる。
「はめたのは、アルフリートだ!」
「違う!」
「何が違う!」
「私がアルフリートだ!」
 しなる鞭のような応酬が途切れる。全ての者の視線がアルフリートに注がれる。振り絞ったような擦れた声で、アルフリートはもう一度言った。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第六章(2)・2