四
累々と横たわる死体の山。リブラは心の中で深く溜息をついた。敗北だった。ラグルが村を放棄するという、理解不能な行動を起すことがなければ、間違いなく。
疲労し、あるいは傷を負い、地に蹲る兵士達の間をぬって、さらにもう一つ、この不可解な勝利をもたらしたものに近付く。
「閣下、こちらです」
立ち並んでいた兵士の一人がそう言って場を譲る。リブラの目に、息絶えたラグルの姿が飛び込んでくる。
「先ほど、捕虜にしたラグルに確認を取りました」
耳打ちするように言ったのは、カファードというリブラの腹心だった。背が高く、リブラよりも十ほど年上の男。もちろん彼も騎士であり軍人であるわけだが、上官と同じくあまりそうは見えない。常に表情と声が穏やかで、物腰も柔らかい。
そのカファードが静かに言った。
「ヌアテマに、間違いありません」
「うむ」
リブラは短く答えると、その場に屈み込んだ。丹念に、遺体を見る。その命を奪った主たる痕を確かめる。ばっくりと割れた鉄の鎧。骨まで達した背中の傷。無論、弓でも剣でもない。あり得るのは斧。それも尋常ならぬ力の持ち主。
仲間割れか……。
血の強い繋がりで結ばれているラグルにも、権力争いはあると聞く。リブラは苦々しい思いを噛み締めた。
「閣下」
再びカファードがリブラに耳打ちする。
「捕虜の一人が閣下にお目通りを願っております。今回の争いにはからくりがあると」
「からくり? どのような」
「それが、詳しいことは閣下に直接話すと言って、我らには口を割りません。時間をかけてとも思いましたが、これは序の口に過ぎない、より大きな災いがキーナスを襲うなどと申すものですから。お時間を煩わすだけになるかもしれませんが」
「分かった、どこだ?」
「こちらです」
リブラはカファードと連れ立って洞窟の中へ入っていった。迷路のような通路を抜け、ひときわ薄暗い奥まった部屋に辿り着く。見張りの兵士がすっと動いた。扉が開かれる。
「私に話があるというのは、そなたか」
艶やかなリブラの声が、洞窟内でより豊かに響く。
「ロイモンド騎士団長、パストゥア・リブラだ。まず、そなたの名前を聞かせてもらおう」
部屋の片隅で、暗闇と一体化していたラグルがゆるりと動いた。座したまま、幾分斜に構えた状態でリブラ達を見上げる。若いラグルだ。体も大きい。特に傷を負っている様子もない。太い手足にはしっかりと枷がかけられている。その事を確認した上で、リブラはもう一歩前へ出た。
「名は、何という?」
「ラムランド」
低い声で、そのラグルは答えた。カシャリと鉄枷の音が響く。丸めていた背を伸ばし、リブラ達の正面に構える。万が一に備えて、カファードは右手に持っていた松明を左手に持ち替え、代わりに剣のつかを握った。
「ラムランド……か。では、ラムランド、私に何の話があるのだ」
「…………」
ラムランドの目が、リブラから離れカファードの上で止まる。すかさずリブラが言う。
「この者のことなら心配はいらぬ。そなたが何を案じているのかは知らぬが、信頼のおける者だ。話を続けてくれ」
用心深くカファードを睨んでいた視線が、リブラに向けられる。一呼吸の間を置いて、ラムランドは呻いた。
「この戦いは、仕組まれたものだ。はめられたのだ。我らも、そしてお前達も」
「はめられたとは穏やかではないな」 リブラが言った。
「一体誰が、どのようにはめたのだ?」
「裏切り者がいた。悲しいかな、我らラグルの中に。よりによって、我らが長、ヌアテマが一族を裏切った」
「ヌアテマ……が?」
「欲に目がくらんだのだ。やつは命じられるまま、仲間に町を襲わせた。ポルフィスの町を。ラグルともあろうものが、人間ごときの命令に従うとは……。その結果がこのざまだ」
強い口調でラムランドは吐き捨てた。その目にはっきりと怒りの色が浮かぶ。
「どれだけの仲間があいつのせいで犠牲になったか。だから、だから俺はあいつに制裁を与えた。死をもって、償わせた」
リブラの顔にあからさまな嫌悪の表情が浮かんだ。ヌアテマの体に刻まれた傷を思い起こす。背中への一撃。理由はともかく、そのやり方はリブラの好みではなかった。
「ヌアテマを殺めたのはそなたか。背後から忍び寄り、斧を振るったか」
「それがどうした」
噛みつくようにラムランドは言った。
「先に裏切ったのはあいつだ。私利私欲のため、人間とつるんで仲間を欺いた。俺は過ちを正したのだ!」
「そなたの言い分はもう分かった。それより――」
リブラはさらに一歩前へ出た。その拍子に、長い栗色の髪が一筋、額に落ちる。柔らかさと鋭さの、二つを有する声が響く。
「ヌアテマと、結託していた人間とは誰だ?」
ラムランドの顔に薄く笑みが浮かんだ。嘲るような、蔑むような、そんな質の笑みをリブラに投げかける。
「そうだ。裏切りはラグルだけのことではない。人間も、また同じ」
ラムランドの口が、卑しげに歪む。
「甘い言葉を囁き、ヌアテマに町を襲わせるよう仕向けたのは、シエルド・デンハーム。現、フィシュメル国王だ!」