蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第六章 流血(4)  
               
 
 

 ほんの一時、リブラの思考が止まった。理由は、ただ驚いたからである。ただしそれは、あまりにも馬鹿馬鹿しくてという装飾を伴ったものであった。
「……ふっ」
 緊張の糸が切れたかのように、リブラは大きく破顔した。
「何を言い出すかと思えば、そのような戯言を」
「俺が嘘を言っているとでもいうのか」
「どうせなら、もう少しましな嘘をついてもらいたかったな。一体、どのような理由で一国の王が盗賊の真似事など」
「お前はポルフィスの町を見なかったのか。命じられたのは盗みなどではない」
 ラムランドはそこでぎろりと目を剥いた。
「目的は破壊。皆殺しだ」
 リブラの表情が急速に冷える。
「何……?」
「もちろん、ポルフィスだけで全てが終わるわけではなかった。カンピリオ、ディアンマス、トゥルエール。順に襲うつもりだった。いずれも昔、ラグルの領土であった所ばかりだ。フィシュメル国王デンハームは、再び我らにその地を返し、長として、ヌアテマを擁すると約した。キーナスを、併合したあかつきに」
「そのような事」
 リブラの声が微かに震えた。
「あろうはずがなかろう。デンハーム王は我が国妃、ウルリク様の父君なるぞ。世迷い言も、その辺にしておくのだな」
「証拠がある」
「証拠……?」
「デンハーム王の親書、頭の部屋にあったものだ。ここに――」
 そう言うとラムランドは、枷のかけられた手で身につけていた鎧をまさぐった。苦労して、体と鎧のわずかな隙間から、細長く折りたたまれた紙を取り出す。勝ち誇ったような笑みを浮かべて、ラムランドはそれをリブラの足元に投げた。
 しなやかな動きでリブラがそれを拾う。上質な紙だ。筒状に丸められていたものを、そのまま押し潰したようになっている。リブラはそれを開いた。
「……閣下?」
 見る間に蒼ざめるリブラの耳元で、カファードが声をかける。
「閣下」
「信じられぬ」
 高熱にうなされる者のように、擦れた声でリブラが呟いた。
「信じられぬが、しかし……」
「では……閣下」
 リブラは頷いた。手紙は、フィシュメル国の王印が押された確かなものだった。その内容も、ラムランドが言葉にしたものと寸分変らない。俄かには、いや、仮に十分時間をかけたとしても、受け入れがたいこと。だが、現実として目の前にある以上、それを直視しないわけにはいかない。
 背を向けたまま、再び暗闇と一体化したラムランドを置いて、その部屋を出る。足早に歩きながら、カファードに指示を出す。
「この親書を陛下の元へ。それからティアモス閣下にもこの事を。すぐに手紙を書こう」
「はっ」
「兵のうち動けるものは明日にでも山を下りねばならぬ。今日中に隊を再編せよ」
「はっ」
「それから、あのラグルだが……。今回の事に免じて、解き放つとしよう。兵士を五人、山の裏手まで同行させ、そこで枷を外せば良いだろう。食事を十分に与え、今夜にでも遂行せよ」
「はっ」
 そこでリブラは立ち止まった。振り返り、カファードを見る。
「それでは頼む。疲れているところ、悪いが」
 カファードの口元が、ほんの少しだけ緩む。そのまま深々と一礼をすると、踵を返した。
 その背を見送るリブラの顔が、たちまち濃い苦悩と疲労の影で覆われる。が、リブラはその影を振り払うかのように頭を一つ振ると、胸を張った。そして再び歩き出す。しなやかな風を伴う、滑らかな足取りで。

 

 
 
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  第六章(4)・2