「武器を持たぬ者を討つことなど、この私にできようか。ましてや、キーナスの誇りである騎士を」
迷いのない、安らかな声がさらに響く。
「いや、私だけではない。キーナスにおいて何人も、貴殿に剣を向けることは叶わぬであろう」
「……ティアモス将軍」
ロンバードは顔に刻まれた皺をより一層深め、ティアモスに一礼をした。
「申し訳ない。全ての責は私にある――では、済まされぬこととなるであろう」
「すでに覚悟は決め申した」
精悍さを取り戻した顔に、頼もしげな笑みが浮かぶ。
「ご心配召されるな。それよりロンバード殿、これからどうなさるおつもりか?」
「もう一度、陛下と」
「――では、急がれよ」
皆まで聞かずそう言うと、ティアモスはロンバードの剣を拾った。
「ここに止まる時間が長ければ長いほど、キーナスに災いをもたらすこととなるであろう」
奉げるように剣を持ち、ロンバードの元に歩む。
「さあ」
ティアモスの言葉に小さく頷くと、ロンバードは差し出された剣を取ろうとした。が、剣はあたかも二人から逃れんとするかのように、ティアモスの手を滑り、そこから離れた。バネ仕掛けのように剣が跳ね、回転する。柄を地に、剣先を天に向け、空中にふわりと浮く。束の間、時が止まる。
再びその時が動き出した刹那、剣は真っ直ぐにティアモスの喉を貫いた。断末魔を上げることも許されず、ティアモスは倒れた。血が溢れる。命の火が急速に萎む。声もなく、ロンバードはその体を抱き起こした。かなりの時をかけて、喉の奥から言葉を搾り出す。
「役立たずが」
寒々とした割れた声。無論、自分の声ではない。音にならなかった己の声に代わって聞こえてきた言葉に、ロンバードは全身を堅くした。振り返る。そして、冷たく悪意に満ちた声の主を見つめる。
錆色の衣。頭にはフード。中から覗く、赤い二つの光。
衣が揺れた。蛇の鱗のような手が翻る。
「くわっ!」
後頭部と背中をしたたかに打ちつけて、ロンバードは呻いた。目に見えぬ大きな力に押されて、強く壁に叩きつけられたのだ。
「……ガーダ……」
意識が朦朧とする中、立ち向かおうと体中の力を奮う。しかし、意志を無視して体はびくともしない。壁に磔になったまま、指先だけが空しく折れる。こめかみを濡らした汗が右目を掠め、激しく染みる。
潤んだ視界の中で、錆色の衣がそろりと動いた。すでに事切れたティアモスの側に立ち、床に屈む。白く輝く円盤に、枯れた手を伸ばす。
光が揺れる。揺れて見る間に色が変わる。手が、とまる。
全てを焼き尽くさんばかりの色に染められた光の円盤に向かって、ガーダは忌々しげに吐息を吐いた。
「――おのれ」
蛇の手が、再び大きく翻った。カシャリという音を伴って起こった出来事に、ロンバードは震えた。ティアモスが、骸となったはずのティアモスが、喉に剣を突き刺したままむっくりと起き上がったのだ。そのまま左手で、灼熱の円盤をつかむ。肉を焦がす匂いと音が、たちまちのうちに部屋を満たす。
ティアモスは立ち上がった。目を見開き、口元を少し開け、前へ進む。何の前触れもなく命を絶たれたその時の、無の表情のまま、ディルフェルの壁に向かう。
ならぬ――!
ロンバードは叫んだ。声にはならない。口も、喉の奥も、自分の肉体であることを忘れたかのように動かない。それでもロンバードは叫んだ。叫び続けた。
ならぬ! ティアモス、ならぬぞ!