蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第八章 そして(1)  
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 <そして>

      一  

「ユーリはどうだ?」
「もうすっかり落ち着いています」
 そう言うとミクは、形の良い唇に微笑を湛えた。
「ただし、主治医の診断にはかなり不満のようでしたが」
「――ん?」
「風邪が治りかけの子供のように、ベッドの上で活力を持て余していましたよ」
「そうは言っても」
 テッドは無精髭を撫でながら答えた。
「エルティアランで突然倒れてから丸五日、ずっと昏睡状態だったんだ。確かに体に異常は見られなかったが。まっ、もうしばらくは大人しくしてもらうさ」
 不服そうに口を尖らせていたユーリの顔を思い出し、ミクの口角がまた少し上がった。が、すぐにその美しい形が崩される。
「あの時。ユーリは何を言おうとしていたのでしょう」
「分からん」 テッドは軽く横に首を振った。
「聞き取れなかった。というより、そもそもユーリに何が起こったのか」
「おそらくは、同調」
「同調?」
 テッドは訝しげにミクを見た。
「同調って、何に?」
「分かりません」
 今度はミクが首を横に振る。
「分かりませんが、あの空間には何と言うか、何がしかの思念が満ちていたような。似たような感覚は王家の墓でも感じましたが。エルティアランのそれは、もっと強く、もっと哀しみに溢れた……。駄目ですね。どうも的確な表現ができません。私には、あまりにも漠然とした希薄なものだったので。ユーリは強烈に、それを感じたようでしたが」
 テッドの脳裏に、鮮やかなフランフォスの花が浮かぶ。地下深く閉ざされた空間に、あり得るはずのない命を有した花。そして、その花に囲まれた骸。
「――あのミイラ、誰だろう?」
「王は知らなかったのですか?」
「ああ、全く分からないそうだ。破壊神の伝説と、何か繋がりがあるのかどうかも。もっとも、まだそれほど詳しく話はしてないが」
 その言葉に、ミクは眉をひそめた。
「悪いのですか?」
 テッドの表情が翳る。
「ああ、良くない。なんとか今は小康状態を保っているが。もう少し、環境の良い所に移せたらなあ」
 見渡すように視線を巡らせながら、テッドは言った。薄暗い洞窟。強い夏の日差しは避けられるものの、風通しが悪い。地質の違いか、ファルドバス山のそれと比べて湿気が多いのも気になる。そういう、あまり快適とはいえない環境下に、キリートム山の洞窟はあった。リンデンを長とする、ラグル一派の住処だ。
 遺跡から脱出し、ひとまず森の北端へと逃れたテッド達の前に現れたのは、ヌアテマの娘、オラムだった。その前日、一行と別れリンデンの元へ向かった彼女は、そこでヌアテマの死を知らされた。同時に、今となっては遺志となったヌアテマの考えも。事の真相がはっきりするまでキーナス軍とは争うな。そしてその真相を明らかにするため、自分は自分の元を訪れた風変わりな人間達と手を組むつもりだと。戦火の中、ヌアテマはそうタークゥムに告げたのだった。
 それを聞いたオラムは、タークゥム、ジュカス、さらに数名のヌアテマ一派のラグル達と共に、すぐさま山を下りた。そこへ、ちょうどテッド達が逃げ込んできた訳だ。出くわした瞬間こそ、一行は己の不運を嘆いたが、事情を知るや否や、その幸運に歓喜した。ユーリとアルフリート。二人の人間を背負った状態で、馬もなく、走り続けるには限界がある。実際、ラグルの太い腕に抱えられながら、キリートム山の断崖の中ほどで振り返った時、ふもとには、すでにぽつぽつと追手の明りが見えていた。
「贅沢は言えねえか。あいつらが協力してくれなきゃ、捕まっちまってただろうからな」
「そうですね。でも、自由の身は確保できたとはいえ、当分、王が動けないとなると……」
 ミクは厳しい表情のまま、テッドと同じように地面に腰を下ろした。床には荒い目の織物が敷かれていたが、岩のごつごつとした感触を遮断する役目は、ほとんど果たしていなかった。
「全くだ。例の王印とやらも、これでは役に立たないしな」

 
 
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  第八章(1)・1