蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第八章 そして(1) | ||||||||||
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王家の墓。そこで手に入れた王の証。しかしロンバードの説明によると、この王印はこれだけで何らかの力を持つものではないという。事実、印と言ってもその形を有してはいない。ただのリングだ。本当の王印は、おそらく今、偽王の手にはめられているであろう。にも関わらず、この黄金の指輪が王印と呼ばれる所以は、実際の王印と対になる存在であるからだ。
リングを注意深く見てみると、内側の面に沿って細かな傷が刻まれているのが分かる。これを城にある王印のリング部分と重ね合わせると、一つの言葉が浮かび出るのだ。言葉は誰に知られることもなく、指輪と共に王家の墓に納められていた。王族のみが入ることのできる、神秘の場所に。
この仕掛けを作り出したのは、今から二百年ほど前、キーナスに君臨したドゥナール王であった。彼は少年の頃、謀略により城を追われ、長い不遇の時を過ごした。ようやく身の証を立てて王位に即いたのは、六十に近い歳であったという。それ故、これから先、同じようなことが起こった時のためにと、対の王印が作られた。そして王自ら二つのリングに言葉を刻み、そのうちの一つと、言葉を記したリルの石版とを、自身の手で王家の墓に納めた。
もし、何らかの理由で、正統なる身分が害されるようなことがあっても、王家の墓で指輪と言葉を手に入れ、王城へ向かえば良い。何人も、たとえ国王でも、この対なる王印を持つ者を拒絶することはできない。後は高らかに、指輪と共にありし言葉を朗するだけだ。二つの王印を合わせ、その言葉に間違いがないことが分かれば、指輪の持ち主が王家の墓に入ることができた者、即ち王族であると証明される。
指輪と言葉を手にした以上、できるだけ早く、できるだけ密かに、城に向かうのが得策だ。身の証となる王印は、同時に危険をも呼び寄せる。手にした者が王であるということは、手にさえすれば王になれるということと同意だ。人目を避けねばならない。そして何よりガーダの目を。仮にアルフリートが動けたとしても、城への道のりは厳しいものとなるだろう。今の状況ではとても無理だ。
しかし、それよりも根本的な問題がある。王家の墓の結界が、今はもうないという事実だ。結界が存在していたからこそ、王の身分を示すことができるのだ。もしこの事が明るみに出れば、王印は全く意味を持たなくなってしまう。結界が消えたことは、ガーダも当然既知である。となると、城に戻ったとしても事態は何ら解決しないだろう。ガーダと、あのガーダと、決着をつけない限りは。
アルフリートが王位を奪還する可能性は、限りなく低い。それに、成功したらしたで、別の心配もある。王は自分達を何と見るか。苦難を共にした仲間か。それとも、不可解で脅威すら感じる異邦人か。今は前者が勝っているだろう。しかし、玉座に戻った後も、その気持ちが続くかどうか。王の人となりからすれば、それほど深刻な事態は起こらないかもしれない。が、確証はない。このまま行動を共にするべきか否か。テッドが呟いた。
「引くなら、今……だと思うがな」
「そうでしょうか。私はもうとっくに、その機会を逃したと思うのですが」
「だが――」
「何より」 淡々とミクが答える。
「ユーリが納得しないでしょう。ここで、引くのは」
「――やっぱり?」
テッドは頭をしゃかしゃかと掻いた。ミクは黙したまま、大きく頷いた。
「――だよな」
テッドは肩を竦めると、もう一度だけ頭を掻いた。束ねた髪が、一筋乱れ落ちる。それを無造作に掻き揚げると、小さな掛け声と共に立ち上がった。
「では、我らが司令官殿の様子でも見てくるか。もし、ひょこひょこベッドから起き出してたら、一発、ぶん殴ってやる」
ミクの顔が大きく破顔した。二人の心は決まった。