蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第八章 そして(2)  
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      二  

「これ以上、無駄に時を過ごすわけにはいかない」
 仄暗い洞窟の奥で、横たわったままアルフリートは言った。熱が高いのか、瞳が潤んでいる。だが、輝きの強さは微塵も欠けていない。その事が誇らしくも痛ましくも感じ、ロンバードは複雑な表情のまま王を見つめた。
 エルティアランから逃れて十日、一度も起き上がることができぬほど、アルフリートは弱っていた。時折高熱を発し、昼夜となくまどろむ。食事もほとんど口にしない。しかしこれは、他の者も同じであった。乳が腐ったような刺激臭を放つ料理。ラグルが好んで使う香草の匂いに、ロンバード達は悩まされた。まともに食事も取れないようでは、治るものも治らない。気持ちだけが焦る。そんな彼らに、さらに心を掻き乱すような一報がもたらされた。
 ヌアテマが、フィシュメル国と通じ、ポルフィスの町を襲った……。
 意識的に流された感のあるこの話は、瞬く間に人々の口に上り、数日とたたずラグル達の耳に入った。いわれのない罪に、オラム達は激昂した。しかし、そのまま怒りに任せるような愚挙は為さなかった。それほどまでに、ヌアテマの遺志は力を持っていたのだ。とはいえ、その効力も無限ではない。いずれ押さえの効かなくなったラグルと人間との間で、争いが起こるだろう。
 この凶報は、そういう意味を持つ。深い哀惜の念に加え、強烈な焦燥感がアルフリートを包む。そしてさらに、フィシュメル国という言葉が、彼を戦慄させた。
 あまりにも突飛な、誰も取り合わないような話。通常なら、根も葉もない馬鹿げた噂と捨て置く所だ。しかし一体誰が、何の目的で、こんなでたらめを流したのか。それを考えると、そうも言っていられなくなる。
 ガーダ――。
 忌まわしい名と姿が、アルフリートの心を占める。ガーダが仕掛けたものなれば、単なるでまかせには終わらせない、巧妙な罠となっているのであろう。それを見破ることのできる者が、果たしているのか。ガーダの暗躍に、気付く者が。
 争いが始まる。
 不吉な噂と共に、エルティアラン遠征軍がタブランという町へ向かったと聞くに及んで、アルフリートはそう確信した。そのまま街道を西へ折れると、次はヨルベムという町だ。さらにスナン、そしてリバ。それらの村々を超えたら、もうそこはフィシュメル国だ。アルフリートの瞳に、屹とした光が過る。
「二つのことを、頼みたい」
 強い口調ではあるが、声は小さい。ロンバードは枕元に顔を寄せた。
「シオを、ここに連れてきて欲しい」
「シオ・レンツァ公を……ですか?」
「ガーダがエルティアランで何を見つけ出したのかは知らぬが、やつの狙いははっきりしている。キーナスを奪い、支配することが目的ではない。争いと破壊。ただそれだけのために動いている。そうとしか、考えられぬ。何としても止めねばならない。せめて、やつに次の手を打たせないように。それには智恵者が必要だ。シオの力が」
 ロンバードは大きく頷いた。
「分かりました。必ずやシオ様をお連れ致します」
「うむ。変わり者ゆえ、少々てこずるであろうが。もし良い返事がないようであれば、スティラの約を果たせと言うがよい」
「スティラの――約?」
「そうとだけ言えばよい。それで分かってくれるはずだ」
「はっ」
「それからもう一つ……ウルリクのことだが」
 アルフリートの口調が変わる。その名の部分だけ、柔らかな声となる。

 
 
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