蒼き騎士の伝説 第一巻                  
 
  第八章 そして(2)  
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「戦いの火蓋が切って落とされる前に、軍を止める。が、それが叶わぬ場合のことも考慮せねばならない。もし争いが始まれば、ウルリクは人質としてフィシュメルを追い詰めてしまう。デンハーム王の御気質を考えれば、それは火に油を注ぐ効果となるであろう。その前に、ウルリクを王の元に帰さねば。父の元に」
 そこまで一気に語ると、アルフリートはロンバードを見た。
「旅の途中で、ウルリクがハンプシャープの離宮に下がったと耳にしたが……」
「はい。ダフラン将軍以下八十余名のフィシュメル兵を含む、百数十名をお共に。表向きはご療養とのことでしたが、直前まで体調を崩されたご様子はありませんでした。おそらく、お気付きになられたのでしょう。ブルクウェルの王が、偽者であることを」
「うむ」
 アルフリートの唇が少しだけほころぶ。その瞳に、優しげな光が浮かぶ。
「ブルクウェルにいたままでは、手も足も出せぬところであったが。して、ハンプシャープの街にいる軍は、どれほどの数か?」
「キーナ騎士団の兵が、二百余り」
「容易くはないが、不可能ではないな。フィシュメル兵の力を持ってすれば」
「はい、ですが」
 険しい表情で、ロンバードは続ける。
「そのためには、ウルリク様ご自身に事の次第をお伝えしなければなりません。離宮の周りは騎士団の兵が固めているはずです。まずそこが難関でしょう」
「そなたでは無理だな」
 アルフリートの顔が曇る。
「キーナスの軍人で、そなたの顔を知らぬ者はいまい。となれば……そなたと共にいたあの騎士、名は何と言ったか」
「フレディック・ヘルムでございます」
「では、ウルリクの件は、そのヘルムとやらに任せるとしよう。彼ならそう顔を知られてはいまい」
「……はっ」
 語尾に向かって細るような、歯切れの悪い口調でロンバードは答えた。フレディック一人では荷が重過ぎる――そう、思ったのだ。
 旅路では、蒼き鎧が味方となってくれるであろうが、そこから先は微妙だ。エルティアランにおいて自分と共に騎士が一人逃走したことを、ハンプシャープの兵も耳にしているかもしれない。すんなりと街に入ることができるかどうか。
 仮にうまくいったとしても、次の関門が厄介だ。離宮に近付き、フィシュメル兵の目を逃れて、ウルリク様の元へ行かねばならない。忍んで行くにしろ、何者かを装って行くにしろ、決して簡単なことではない。たとえ自分が補佐したとしても、困難な任務となるだろう。それを一人でやり遂げなければならないのだ。
 いや、荷が重いのは何もフレディックだけではない。自分とて同じだ。レンツァ公のもとまで、いかにして辿り着くか。鎧を捨て、旅人を装い、街道を通るか。それとも、やはり人目につきやすい場所は避けるべきか。しかし、道を外れたら外れたで、別の危険が伴う。森も山も、人にとって安全な場所とはいえない。
 仲間が欲しい。共に戦える仲間が。多くは望まない。一人でもいい。ただし、信頼できる者でなければならない。キーナスに決して災いをもたらすことがないと、そう確信できる者でなければ……。
 ロンバードは意を決し、口を開いた。
「あの者達は――彼らは、何者なのでしょうか?」
 アルフリートは頭を少し傾け、ロンバードを見つめた。
「エルティアランで、不思議な武器を使うのを見ました。一瞬で、あの堅い岩盤を粉砕するところを。あのような武器は、見たことも聞いたこともありません。彼らは一体どこから来たのですか? なにゆえ、このキーナスに」
「ユジュール大陸から来たと言っていたが、それが真実であるかどうかは分からない。何者であるかも、私は知らない。しかし、彼らが信頼に値する者であるかどうかをそなたが問うているのであれば、答えははっきりしている。私は彼らを信頼している」
「……陛下」
「確かに、彼らは多くの秘密をかかえ、何らかの目的があって共に旅をしているように思う。だがそれは、私を、あるいはキーナスを、陥れるようなものではない。彼らの誠意に嘘はない。そう、私は思っている。私は、思っている……が」
 アルフリートはそこでロンバードから視線を外し、松明の光を淡く映す天井に目をやった。
「だが、彼らはどう思っているか。むしろ彼らの方が、この私を信頼しているかどうか」
「それは――陛下のご身分を疑っているということですか?」
「いや違う。そうではなく人として。いや、それだけではないな。彼らはもっと大きな視野で見ているような気がする。私個人はもとより、キーナス国全体を、ひいてはアルビアナ大陸全てを」
「大陸――全て?」
「そう、彼らは力を持っている。我々にはない、強い力。圧倒的な、破壊的な、そして、魅惑的な……力」
 アルフリートの声色に、甘く危険な色が含まれ行くように感じ、ロンバードは表情を堅くした。
「陛下。力は――」
「力は御して初めて人の為となる」
 清とした声でアルフリートはそう言うと、再びロンバードの方に向き直った。
「これは、そなたが教えてくれたのだったな。案ずるな。十分承知している。今の我らに、あの力は扱えぬだろう」
「陛下」
「そして彼らも、そう思っている。故に、案じている。だからこれ以上、我らと深く関わることを望まないかもしれない」
「…………」
「彼らの選択がいかなるものであれ、私はそれを受け入れるつもりだ。選択権は彼らにある。彼らは自由だ。我らのことは、我らで為さねば」
 凛としたアルフリートの瞳を、ロンバードはしっかりと見返し頷いた。
「はっ」
 ロンバードの声に、歯切れが戻る。その響きに満足げに微笑むと、アルフリートは軽く目を閉じた。時を置かずしてまどろむ。今持てる体力の全てを尽くして放たれた言葉を、ロンバードは改めて胸のうちに刻み込んだ。
 すっと立ち上がる。常日頃から漂う超然とした風格に、強い決意が添えられる。
 必ずや――。
 深々と頭を垂れ、眠る主君にそう誓うと、ロンバードはその部屋を後にした。

 

 
 
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