蒼き騎士の伝説 第一巻 | ||||||||||
第八章 そして(3) | ||||||||||
1 | 2 | |||||||||
「ミク、気をつけて」
ユーリの声に、ミクは馬車の小窓から顔を出した。
「私は大丈夫です。それよりユーリ、あなたこそ十分に気をつけて下さい」
ユーリはこくりと頷いた。それを確かめると、ミクはテッドの方を向いた。無精髭の生えた顎を撫で、一つ頷くテッドにミクは微笑を返す。
ロンバードが御者台に乗り込む。左手に手綱を収めながら、フレディックに声をかける。
「ウルリク様を、頼んだぞ」
「はい、必ず」
その声と瞳に強い意思を漲らせて、フレディックは答えた。
集めた情報によると、ハンプシャープの街に駐屯しているキーナ騎士団の兵は、下級兵士が主体であるとのことだった。となれば、身分の高さと確かさを示す蒼き鎧が、有効となる可能性が高い。試してみる価値はある。少なくとも、そこまでの道においては役に立つだろう。ユーリとフレディック、この二人がその役を負うこととなった。
騎士ともなれば馬が必要だ。これもやはり、ラグルの手を借りた。栗毛と葦毛、立派な馬だ。そもそもラグルに馬を扱う習慣はない。にも関わらず、その目利きの素晴らしさに、さすが盗賊と妙な感心をユーリ達は覚えた。
「アンダーソン殿」
ロンバードの声に、重々しさが加わる。そのかしこまった呼びかけに、テッドは苦笑した。
「どうもその呼び方は。テッドと呼び捨ててくれた方が」
「では、テッド殿」
いや、だからその殿も――と言いかけて、テッドは口を噤んだ。ロンバードの表情から次に来る言葉を察し、顔から笑みを消す。
「陛下を、陛下を頼みます」
「ああ、全力を尽くす」
短いが、真摯な響きを持つ答えに、ロンバードは安堵し大きく頷いた。
できることなら――。
ユーリかミク、どちらかに付いて行きたかった。しかし、アルフリートの容態が思わしくない。
結局テッドは、このラグルの村に残ることとなった。
ロンバードが手綱を緩める。ぎしりと一つ車輪を軋ませ、馬車が滑り出す。
「では、我々も」
フレディックはそう言うと、ひらりと栗毛の馬にまたがった。続いてユーリが葦毛の馬に乗る。ぴんと背筋の伸びた見事な姿勢。心得のある乗馬姿は、地上を歩いている時より様になっている。見上げるテッドの目に、太陽を背にしたユーリの鎧が蒼く染みる。
「じゃあ、行ってくる」
その瞳に劣らぬ澄んだ声を残し、ユーリは駆けた。その姿が見えなくなるまで見送ると、テッドは再び空を仰いだ。白い雲が、さらに明るく光を帯びている。しばしの間それを眺めると、テッドは踵を返し、洞窟へと戻っていった。
キリートム山のふもと。ビルムンタルの沼地の側に、一台の馬車と二人の蒼き騎士の姿があった。ほんの一時そこに止まり、やがて二方向に分かれていく。街道へ向かう南の道には馬車が、沼の北側を通り、さらに東へ抜ける細い道には騎士が駆けて行く。いつの間にか、空から雲が消えていた。太陽が、その力を誇示するように、強く燃える。
ユーリは左腕を翳し、その太陽を見上げた。光の加減か、翳した腕の輪郭に、黄金の光がたゆたう。蒼き鎧が美しく映える。
フルミア歴一三五二年、宇宙歴元年。
後にカルタスで、全宇宙で語り継がれる一つの伝説が、今、始まろうとしていた。