蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十章 獅子の行方(1)  
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 <獅子の行方>

      一  

「ほう……」
 ミクとロンバードの口から、同時に溜息が漏れる。
 レンツァ公の住まいは、予め想像していたものと違っていた。大きさは外から判断した通り、こぢんまりとしたものであったが、シンプルな外観とは裏腹に、中は物で溢れていた。壷や彫刻、絵画など、いわゆる美術品と言われるものが所狭しと並んでいる。色や形に統一感はなく、中には作りかけのまま放置されているものもある。どうやら全て、レンツァ公の手によるゲージツ品のようだ。
 実際のところはよく分からないが、素人目にはいずれもかなりの物に見える。例えばこのゴブレット。大胆なカットを施しながらもシルエットは繊細で、特に足の部分は気品に満ちていた。それはわずかに外側へと反っている飲み口の所も同じで、日の光を受け虹色に輝いている様は、王女のティアラを連想させた。思えばこの光の当たり具合も、計算の上で作られているような気がする。贅沢に降り注ぐ、光を。
 中に入ってまず驚いたのが、この光だった。もちろん、あの閉ざされた小窓からのものではない。光は空から降っていた。船形の屋根にとっては底、この小さな部屋にとっては天井にあたる部分が、全てガラスでできていたのだ。透明度の高い極上のガラスは十二分に磨き込まれ、抜けるような青空を寸分違わず映している。いや、それ以上かも知れない。外で見た青空より、より高く、深く、光沢を帯びているように思える。
 その空に吸い込まれるような感覚を覚えながら、ミクはまた溜息をついた。とそこに、違う種類の吐息が重なる。
「まったく旦那のやることといったら。船底に、こんなでっかい穴を開けちまうなんて」
「ちゃんと底はあるのだからいいだろう? しかも最高級のキーリョンのガラスが。大体もう作ってから六年以上も経つのだし、いい加減文句を言うのは止めてくれ。それより、ほら、客人にお茶をお出しして」
 膨れっ面のティトを、半ば追い出すように奥まった部屋へ押しやると、シオは長い銀の房髪を揺らして振り返った。
「この家に、客人を迎えるのは初めてです。そういう作りにはなっていないので、参ったな……。とりあえず、ご婦人はここに座って頂くとして」
 そう言うとシオは、描きかけのキャンバスの前にあった、赤い布張りの丸椅子を、自らミクの目の前まで移動させた。
「さて、ロンバード殿は――」
 右手で髪を弄びながら、部屋を見渡す。
「確か、全部で三脚あったはずだが」
 狭い部屋だ。一通り視線を巡らすのに、さほど時間はかからない。細く白い指が銀の房を四回まわしたところで、ぴたりと止まった。
「だめだ、見当たらん。申し訳ないがロンバード殿、どこか適当に腰を下ろして下されるか」
 笑顔でそう言うと、シオはミクと対面の壁にある、玉虫色の小さなテーブルに浅く腰をかけた。一方ロンバードはぐるりと自身の周りを見やった後、結局、扉のある壁にもたれかかるようにして立った。そこだけが、すでに様々な物で埋め尽くされた部屋において、体を収め得る唯一の隙間であったのだ。が、どうも具合が悪い。互いに距離があり過ぎる。空間における間が、そのまま時間の間となる。不自然な沈黙が限界点に達し、三人がそれぞれの場所から逃れんと体を起したその時、ティトが戻ってきた。
「椅子は三人目の女の左側だ。旦那」
「三人――目の?」
「ほら、あの毒イチゴのような色の服を着た、あの女だ」
「ああ」
 ぽんと手を叩き、シオは立ち上がった。
「お前がここに住むようになってから、数えて三つ目の作品のことだな。しかし、毒イチゴとは何だ、毒イチゴとは。あれはファルメリアンという宝石と同じ名を持つ色なんだぞ。それを……はて」
 再び銀の髪を弄んでいた手が止まる。
「あの絵、どこにしまったか」
「八人目の女の前」
 そう呟くように言うと、ティトはミクに縁がエメラルド色の白いカップを差し出した。
「どうぞ、ケルパミーのお茶です」
 かしこまった口調のティトから、カップを受け取る。

 
 
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  第十章(1)・1