蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十章 獅子の行方(3)  
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「旦那あぁ!」
 ようやく復活を遂げたティトが走り込んできた。その勢いのまま、激しく主を揺さぶる。
「起きて下さい、起きて下さい、起きて下さい!」
「……う……ん……」
「旦那!」
「……ティト……か」
 その目を堅く閉ざしたまま呟くと、シオは両腕に枕を抱き、そこに顔を沈めた。
「ティト……日は今どこにある?……真上に来るまでは起すなと……いつも言っているだろう」
「でも、でも、旦那」
「お休み、ティト」
「二度寝しないで下さいよぉ。谷に蒼き鎧の騎士が入って――」
「そうです。蒼き鎧の騎士です、公」
 ティトの声に重ねて、ミクが加勢した。わずかな間を置いて、枕に埋まっていた顔が半分だけ姿を見せる。
「何――だって?」
「だからぁ、蒼き鎧の騎士が五人、この家に向かって来てるって。他にも谷に入る川の茂みに六十人、裏の林に四十人」
「……囲まれたな」
 シオは体を起した。
「で、その五人はどこまで迫っている?」
「もうすぐそこだって、タナが」
「なぜそれを先に言わん」
 そう言うとシオは素早く寝台から降り、側にあった淡雪のようなガウンを羽織った。
「旦那がすぐに起きないのが悪いんです!」
 主の理不尽な叱責に猛然とティトが反論したその時、外の扉が強く叩かれた。申し合わせたように、四人の動きが止まる。自身の胸の鼓動がうるさく感じるほど、静寂がその空間を満たす。
「シオ・レンツァ殿」
 扉を叩く音と共に、太い声が響く。顔を引き攣らせ、ティトが擦れた声で囁く。
「旦那ぁ、どうすりゃいい? 留守だって言えばいいのか?」
「お前、そんなこと言ったら」
 シオはティトのふっくらとした頬を指先でそっとつまんだ。
「二度と話せなくなるかもしれんぞ」
「話せなく――なる?」
「糸でその口を縫い合わせるか。それとも焼ごてで喉を潰すか」
「……ふぇぇ……」
「そうなりたくなかったら」
 シオはティトの頬を軽く弾くと微笑し、膝をついた。
「今から言うことを、よくお聞き」
「レンツァ殿! ここをお開け下さい!」
 激しく叩かれる扉の音に、微塵の礼節も感じられない。シオは眉をひそめ、あからさまに不快な顔をすると、扉に向かって声を放った。
「我が眠りを妨げる者は誰か? まず名を名乗られよ!」
 一瞬にして、扉の外が沈黙する。いや、外だけではない。その容貌からおよそ想像できぬほどの力強い声。言葉の意味や声色などのレベルではなく、単純にその大きさだけで周りにいる者を圧した。しかしこれは、そう日常的に起こり得ることではないようだ。大きく目を見開き、びくんと肩を竦めたティトの姿がそれを証明している。そのティトを、シオが振り返る。
「ティト」
 別人としか思えぬ柔らかな声で、シオが囁いた。
「ティト」
「……だ、旦那ぁ……」
「いいかい、ティト。今すぐ客人を連れて屋根に登るのだ。騎士達に見つからないよう十分注意しながら、梢伝いに林の北端に出ろ。そこからお前達の村まで、一気に走れ。分かったね」
「うん。でも、旦那は?」
「私は――」
 シオはその細い顎で、未だ沈黙したままの扉を指した。
「あの無礼な輩の相手をせねばならぬ」
「失礼申し上げた」
 シオの声が聞こえたかのように、扉が先ほどまでとは違う色の声を出した。
「私は、キーナ騎士団所属のクルス・モジェと申します。このたび陛下の命を受けて、ここに参りました。朝早くから申し訳ござらぬが、お目通りを願いたい。どうぞ、ここをお開け下さい」
「やればできるじゃないか」
 小さく呟き、シオは微笑んだ。対照的な顔で、ロンバードが言う。
「シオ殿、彼らが強硬な手段を取らないとも限りません。私達もここに」
「おかしいな」
 シオは大げさに首を傾げた。
「てっきり、貴殿がお会いになりたくない相手だと思っていたのだが」
「それは……」
「というより、私が困るのです、ロンバード殿がご一緒では。私は彼らと争う気はない。さりとて貴殿を彼らに差し出すのも、少々気が引ける。分かって……下さいますな」
「…………」
「ティト」  ロンバードの沈黙を受けて、シオが促す。
「早くお行き」
「うん。だけど、だけど、もしも旦那が――」
「その時は、かねてから言いつけてあるように事を成すのだ。いいね」
 途端、ティトの顔にぱっと光が差す。何度も何度も、大きく頷く。
「シオ・レンツァ殿!」
 痺れをきらした扉に、また荒々しさが戻る。
「今開ける。しばし待たれよ!」
 鋭くそれを一喝すると、シオは扉の前に立った。手をかけ、振り返る。まだ納得のいかない表情のロンバード達を追い立てるようにしながら、ティトが階上へ登るのを見届ける。
 唇に、なだらかな弧が描かれた。シオは大きく、扉を開いた。

 

 
 
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