蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十章 獅子の行方(4)  
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      四  

「なるほど。それが陛下の御意というわけですか」
 冷たい微笑を湛えながらシオは言った。深々と椅子に体を預け、足を組む。ゆったりと構えるその前には、五つの剣先が並んでいた。
「うんと言わぬ場合は力ずくでと、そう仰せられたか。確かに私は兵士ではない。腕の一本、足の一本なくしても、務めに支障は来すまい。さて、まずはどこを切り落とすのかな?」
「レンツァ殿」
 クルス・モジェと名乗った厳つい騎士が言う。
「我らとて、手荒な真似はしたくないのです」
「なら話は簡単だ。剣を納め、後ろを向き、その扉からお帰り下されば事は済む」
「お戯れはおよし下さい!」
 モジェは声を荒げた。構える剣の先が小刻みに震える。薄くシオが笑った。組んでいた足をほどく。
「ふざけているのは、どちらかな?」
 背もたれから体を離す。雨に濡れた若葉のような瞳が、みるみるうちに硬質化する。
「モジェ殿。貴殿は私の身分をご存知か」
 声の調子が平坦となる。感情の全てが取り除かれ、ただ言葉の意だけを強く表す音となる。
「何人も、たとえ王であっても、この私に命を下すことはできぬ」
 まるでその声に縛られたかのように、モジェの体は自由を失った。彼だけではない。他の騎士達も同様に、剣を構えたまま立ち尽す。時が無慈悲に彼らを責め、静寂が針の痛みを伴って彼らを覆う。
 誰が最初に動くのか。そしてそれは、どのような選択なのか……。
 ついに、モジェが強く頭を振った。レンツァ公に剣を振るうことの恐ろしさより、アルフリート王の命を果たさぬことを否とし、声を出す。
「シオ・レンツァ殿!」
 自らを奮い立たせるように、肩を聳やかす。顔が引き攣り、上ずった声となる。
「陛下のご命令により、貴殿をブルクウェルまでお連れ申す!」
 渾身の力を込めてそう叫ぶと、モジェはシオの右腕をつかんだ。強く引っ張る。椅子から引き離す。その暴力に、シオは体でも言葉でも抵抗を示さなかった。それに安心したのか、騎士の一人がシオに近付く。そしてその左腕を抑え込む。やはり彼は為すがままだ。
 モジェの顔からようやく突っ張りが消えた。シオの右腕を別の騎士に任せると、自分はその正面に立つ。
「最初から素直に応じて下されば、こんな真似はしなくてすんだのです」
 俯き、黙したままのシオを見据え、モジェはさらに表情を和らげた。事は終わった。予想より遥かに容易く。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、心に余裕が生じる。おかげで、一つ気になることがあったのを、思い出す。
「それはそうと」
 モジェはちらりと部屋の奥を見やりながら言った。
「公は一人でお住まいなのですかな?」
「そうです」
 目を伏せたまま、シオが答えた。
「では――」
 上へ繋がる階段に沿って視線を送りながら、さらにモジェが尋ねる。
「どなたか客人でも?」
 シオの目がゆっくりと開く。無機質な光を放つ瞳を、モジェに向けることなく答える。
「いいえ」
 と、ここでようやくその目がモジェを捉える。瞳の奥で、小さく光が弾ける。
「なぜ……そのようなことを?」
「家の前に馬車が止めてありました。一人でお使いになるもの――では、ありませんな」
 モジェの顎が動く。後ろに控えていた騎士が、その方向へと進む。
「どういうおつもりか?」
 大きくはないが、剣のような鋭さを持つシオの声に、モジェは一瞬たじろいた。二階へ続く階段の、最初の段に足をかけたまま、騎士達も歩みを止める。
 モジェは苛立たしさを覚えた。なおレンツァ公に恐れをなす自分に。その自分の顔を、不安げに覗き込む騎士達に。
 吐き捨てるように、モジェは感情を声に乗せた。
「少し、調べさせて頂く!」
「その必要はありません」
 鞭のようなしなやかさを持って、その声は頭上から降り注いだ。驚いて、階上を見上げる。モジェも、騎士達も、そしてシオも。光沢のある淡緑色の衣に身を包んだ、ミクを見上げる。

 
 
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  第十章(4)・1