蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十二章 決断(1)  
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 <決断>

      一  

「一度船に戻れたらな」
 テッドはぽつりと呟いた。洞窟の外の真新しい空気を胸に納めながら、漠然と一方向を見やる。キリートム山から南南西に向かって真っ直ぐ突き進めば、ダングラスの森に辿りつく。三ヶ月ほど前、不本意な着陸を強いられたところだ。左舷後方の損傷が激しく、航行不能となった宇宙船エターナル号が、今もそこに眠っている。いや、休んでいるという表現の方が適切か。メインコンピューターを始め、その他かなりの部分は無傷だったのだから。
 その災難を免れたものの一つに、メディカルブロックがあった。総合病院にあるような機器が一通り揃えられており、しかもそれら全て最先端のものである。ストックされている薬の種類や数も膨大で、手持ちのものと比べると雲泥の差だ。加えて分析、研究用の設備も充実しているので、時間をかければ新薬の開発だってできる。
 やるべきことはやった。
 アルフリートの治療に対して、テッドは胸を張ってそう言える。だがその言葉の後ろに、今、この現状でという但し書きを付けなければならない。そのことで、ここ数日テッドは悩んでいた。腕があるのに、技術があるのに、それをフルに使うことのできぬもどかしさ。無理だと分かっていながら、それがどうしても口をついて出る。
「何とか、戻ることができたら」
 視線の先を凝視する。一点を貫く感覚を想像する。ちょうど小型船アリエスで、ワープ移動をする時のように。もちろんこの程度の距離ならば、通常航行でも半時間足らずで着くことができる。それでもテッドは、ワープでの移動をイメージした。医療技術に加え、この航行技術も、今のテッドにとっては幻影に過ぎない。格納庫ごと吹き飛ばされた二機のアリエスは、自分達と同じようにこの地に落ちたのか、あるいは暗黒の宇宙空間をさ迷っているのか、それすら分からない状態だ。
 そっと手を前に伸ばす。空間を押し広げるように力を込めてみる。何がどうなるわけでもない。人は道具がなければ何もできない。何も……。
 空間が層になっている。すなわち、異なる次元の空間が、薄い膜のように張り合わさっているということが、まだ推論の域にすら上がらなかった時代。その頃から、人々はワープ航法という夢を見てきた。そもそもワープとは歪めるという意味を持ち、古くから空想の世界で超光速を実現する手段として親しまれてきた。もちろん専門家達には見向きもされないネタで、宇宙一個分のマイナスエネルギーを放出するこの理論は、非現実の中だけでの存在であった。だが、自分で歪める必要がないとなれば、話は別だ。
 膜を挟んだ空間には、傷があった。そしてそこに歪みが生じていた。いや、順番が逆だ。最初に歪みを発見し、それが空間の傷であることに辿りついた。異空間についても、その詳細までは明らかにできなかったが、存在自体は確かなものとなった。果敢にテストが繰り返される。コスト、時間、人命、甚大な犠牲を払う。そしてついに、その時が来る。
 弾丸のように傷に向かって一点突破を計ったその船は、およそ実用的ではない莫大なエネルギーを使って光を超えた。そして、原型を止めないほど無残な姿で、再び人類の前に姿を現したのだ。遠い話ではない。つい、二十年ほど前のことだ。成功とは名ばかりの、小さな一歩。壁はまだまだ厚く高かった。にも関わらず、人類はその後飛躍的な進歩を遂げる。全て与えられたものだ。特に、母船エターナル号のような航法は、その実現まで何百年もの歳月を要したかもしれない。自分達の、力だけでは。
 問題は、コンマ一秒の間に0.7マイクロテスラから23テスラという数値を叩き出す不安定な磁場と、あらゆる物を透過しながらその電子軌道の方向を歪めてしまう、未知なる物質にあった。それが異空間を通過する際、宇宙船に大きなダメージを与えていたのだ。要因が特定できれば、対策は時間の問題だ。それだけでも十分な恩恵であったが、人はその時間をも費やすことなく異空間を超える。カルタスから送られたディスクの中に、ちゃんと収められていたのだ。その物質の、1022〜1051オングストロームの波長という、極めて狭い範囲の紫外線に引き寄せられる性質を生かしたシールドと、強力な磁力線防御システムを有する船の設計図が。
 その結果、もう一つの航法が可能となった。アリエスが一点を突き抜けるイメージなのに対し、こちらは薄くナイフで削ぐような方法で異空間を超える。その分、強烈な変動磁場の中にいる時間が長いのだが、予め定められた点と点を結ぶ航法と違って、自由に出発点と目標地点を決めることができる。それによって、人類は大きく行動範囲を広げることとなる。遥か遠く、四万光年離れた地へ旅立つほど。
 テッドは目を閉じた。十分な時間を置いて、目を開ける。映る全てが、空虚な実を伴わないものに思えて苛立ちを感じる。
 この目の前の光景は何だ。これが本当にカルタスなのか。俺達をここに導いた高度な文明はどこへ行った。それさえあれば、あれば……。
「ああ、もう止めだ、止め! ここまでだ」
 テッドは強く首を振った。そして、自らを奮い立たせるように両拳を握る。回れ右をする。立ち向かうべき現実の待つ、洞窟を見据える。
「おし!」
 小さな掛け声と共に、テッドは一つ気合を入れた。そして一歩一歩、踏みしめるように、ゆっくりと前へ歩き出した。

 

 
 
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  第十二章(1)・1