蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十二章 決断(2)  
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      二  

 ちりちりと燃える松明を、テッドはじっと見つめた。オレンジ色の火の粉が強く舞い上がる。炎の前にある巨大な影が、それに呼応し明るく輝く。その影を、テッドは睨みつけた。そしてそのまま口を動かす。
「……で、俺にどうしろと?」
「迷っている時間はないはずだ」
 腹の底に響く野太い声。二メートル半に届こうかという巨体から繰り出されたその言葉に、テッドは反発した。
「お前さんのいう、その医者。あらゆる傷を瞬く間に塞ぎ、あらゆる病を立ち所に癒し、死者をも蘇らせるというその男。はっきり言おう。そんなのは医者じゃねえ。ただのペテン師だ!」
「お前はその男について何も知らない。知らないものを、なぜそう勝手に決めつける」
「じゃあ、お前さんは知ってるってのか? その男の力を、その目で見たと?」
「私は知らない。だが、おやじは知っていた。わが一族の長、ヌアテマの言葉に偽りはない」
 強い光を放つ目に、テッドは黙した。オラムを見据える。ファルドバス山一帯のラグルの長、今は亡きヌアテマの娘を見据える。
 ラグルの様相は、人間の、特に地球の感覚からすると、種族的に見下してしまいそうになる。実際この地でも、彼らは野蛮な生き物として見なされており、人と対等な位置付けにはなっていない。
 確かに彼らは物事の解決を、単純な力で決める傾向があった。ただ人と違って妙な裏がないので、ある意味それを肯定的に、潔いと感じられなくもない。それに、そのことと分別とはまた違う次元の話だ。知性は高い。目を見れば分かる。父ヌアテマと同じく、理知的な輝きがそこにある。感情を抑制する術を、しっかりと所持しているのだ。
 しかも、父親よりこのオラムの方が、その能力に長けていた。よほどのことがない限り、気持ちを爆発させるようなことはない。逆に言えば、感情に流されず、物事を的確に捉えることができる。オラムの目は確かだ。テッドはそう評価していた。その考えに基づき、言葉を組み直す。
「全てが――偽りだとは言っていない。お前さんがそこまで言うんだ。それなりの腕を、そいつは持っているんだろう。だが、お前さんの目にどう映っているかはしらんが、これでも俺は腕に覚えがある。その腕の、全てを振るった。現状において、可能な限りの手を尽くした。そして、今は天命を待っている。たとえ誰を連れてこようと、これ以上のことは望めない。正直、医者としては口惜しいが、後はアルフリート王の生命力次第だ」
「お前が優れていることはよく分かっている」
 相変わらず低いが、穏やかな口調でオラムが続けた。
「その上で、私は言っているのだ」
「しかし――」
「そいつは力を持っている。お前の持つ技術とは違う力だ」
「――力?」
「そいつは」
 オラムはそこで言葉を切った。悩むように、少し顔をしかめる。奥まった目の上にある額に、薄く横皺が二本刻まれる。一度口を開きかけ、閉じる。やがて意を決したかのように、鋭く言葉を放った。
「そいつは、人間ではない。ラグルでもない。その男は……ガーダの血を引く者だ」
「……なっ」
 テッドはしばらく声が出なかった。脳裏にまざまざとガーダの姿が蘇る。蛇の鱗を思わせるひび割れた肌。不気味に光る大きな赤い目。だが、そんな見た目はどうでもいい。問題なのはその力。そしてその意図。アルフリートの顔を焼き、神殿を崩し、町一つを滅ぼし、なお大地を焦土と化すべく陰謀を巡らす、その所業。悪しき者、呪われし者。陳腐だが、他にガーダを表す言葉が見つからない。テッドは怒りにも似た気持ちを乗せて、オラムに噛み付いた。
「ガーダだと? 本気で言ってるのか? 大体、お前さんがここにこうしているのは、何故だ? 謂れない濡れ衣を着せられて、一族を殺され、あげくファルドバス山からここに逃れてきたのは何故だ? 誰のせいだ!」
「もしもあいつが、我らを陥れたガーダが、この目の前に立ったなら」
 オラムはいきなり腰の斧を振り上げた。
「こうしてくれる!」
 重く風がうねり、地響きと共に堅い岩盤の欠片が散った。その半分ほどを岩にめり込ませている斧頭を一瞥し、テッドは呟いた。
「――だったら」
「あいつは、私が殺す」
 太い腕を隆起させ、オラムは斧を地から解放した。
「だが、さっき私が言ったのは、別のガーダだ。やつとは違う」
「違う? ガーダはガーダだろ」
「ふん」
 オラムは大きく鼻を鳴らした。
「なら聞こう。人間は、善か悪か?」
「…………」
「自分のことは答えにくいようだな。では質問を変えよう。ラグルは悪か、それとも善か?」
 オラムの鋭い眼差しを、テッドはただ沈黙で受けた。静かな時間が過ぎる。松明の炎が乾いた音を立て、ようやく時が歩き出す。おもむろに、テッドが言った。
「つまり、お前さんのいうガーダは善だと、そういうことか?」
「さあな」
 オラムは大きな肩を竦めた。
「だが、悪ではない。それは確かだ」
「悪では……ないか」
 テッドは腕組みをしながら、そう答えた。

 
 
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  第十二章(2)・1