蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十二章 決断(2)  
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 迷っている時間はない。
 オラムの言葉は正しかった。事は一刻を争う。少しでも可能性があるのなら、それを試したい。だが――。
 テッドの表情が曇る。
 もしここにミクがいたら、どう決断するだろうか。
 オラムの言葉を信じ、そのガーダに全てを委ねるのか。それとも、新たなる陰謀の匂いを感じ、オラムの申し出を退けてしまうのか。いや、欲しいのは結論ではない、過程だ。理路整然と、一分の迷いも胸の内に残すことのない、確かな理由付けだ。
 テッドはそこで小さく頭を振った。そして自嘲するような笑みを浮かべる。
 違う。俺が望んだのは、ただの逃げ道だ。気持ちはもう決めている。そこに理屈をつけて、何の意味がある? そんなものに縋っているようでは、為し得るものも、為し得ない。
 テッドはゆっくりと組んでいた腕をほどいた。
「その男、どこにいる?」
 低く唸るようにオラムが答える。
「ビルムンタルの沼」
「ビルムンタル? 確か、ふもとの沼だよな」
「ああ」
「そうか。それなら間に合うな」
 そう小さく呟くと、今度ははっきりとした声でテッドは言った。
「じゃあ、急いでくれ。明日までに、そいつを連れてきて欲しい」
「う……うむ」
 対照的に、オラムの声から歯切れがなくなる。訝しげに、テッドが尋ねた。
「どうした? 今すぐ発てば、十分間に合うだろう。それとも何か、別の問題でもあるのか?」
「うむ。そう……一つだけある。ジアヌの問題が」
「ジアヌ?」
「ビルムンタルに住む化け物だ」
「化け物って」
 オラムの巨体を見上げながらテッドが言った。
「まさか、そいつがいるから無理だっていうオチじゃねえだろうな。だったら、最初から話すなっていう――」
「私一人では、無理だ」
 きっぱりとオラムが言った。少し苛立ったように、テッドが問う。
「それって、一人じゃなく、二人なら大丈夫っていう意味か?」
「そうだ」
「だったら話は早い。お前さんの仲間を何人か連れて――」
「だめだ」
 みなまで言うのを許さず、オラムは拒否した。
「相手がジアヌではな、誰も行きたがらない。かといって、無理強いはできない。人間を助けるために、命をかけろとはな」
「つーことは」
「そうだ。お前が一緒に来るんだ」
「ちょ、ちょっと待て!」
 テッドは大きく首を振った。
「それは無理だ。今、アルフリートの側を離れるわけにはいかない」
「だが、お前の手はもう尽きたのだろう? もう、やることはないと」
「さっきの言葉をそのまま返すぜ。何も知らないくせに、決めつけるな」
 テッドは声を荒げた。
「やれることは全てやった。そしてそれを今も続けている、維持している。それでやっと、この状態が保てているんだ。今俺が、その手を止めたらどうなるか」
「ではどうする? ずっとこのまま言い争っていればいいのか?」
 テッドは再び、次なる言葉を見出せなかった。またしても、悔しいことだがまたしても、オラムの方に理があった。深く息を吐く。先にオラムが口を開いた。
「お前のいない間、タークゥム、ジュカスをアルフリートの側に付かせる。もちろん、代わりを為すことは到底できぬであろうが。あらかじめ指示してもらえば、それを忠実に果たすことは可能だ」
「……迷ってる時間は、ねえんだよな」
 テッドは顎を一撫でした。
「よし、それで行こう」
「では、タークゥム達を呼んでくる」
 大きな体を機敏に動かし、その部屋から出て行ったオラムを見送ると、テッドはパルコムを取り出した。ミクからの連絡はもう八日、ユーリからは三日途絶えている。画面を切り替える。発信機の役割も果たす二人のパルコムが、白い光点となって現れる。地図と照らし合わせる。ユーリは無事、ハンプシャープに達したようだが、そこから全く動きがない。一方ミクは、連絡の途絶えた辺りから急に向きを変え、今は王都ブルクウェルにほど近い場所にある。
 二人とも、どうやら苦戦を強いられているようだ。そして俺も……。
 少し迷った末、テッドは『連絡乞う』とだけの短い文章を、二人に向けて送信した。パルコムをしまう。
「明日までに戻る」
 かたい決意が音となり、洞窟の中に放たれた。冷たい岩の壁が、その音をより大きく跳ね返す。自ら発した意志の音に、背中を強く押されながら、テッドは部屋を後にした。

 

 
 
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  第十二章(2)・2