テッドは反論しようとして言葉を呑み込んだ。辺りが静かだ。苦しみ、足掻く、ジアヌの気配がない。再び息を殺す。あらゆる感覚を研ぎ澄ます。
いた! 前、右、さっきと同じだ。
ぐるぐると旋回している。そのスピードに衰えはない。裂けた体から流れる血は、見受けられない。水面がうねる。白い鱗がそこに映る。傷一つない、ジアヌの姿が現れ出でる。
どういうことだ?
疑問を消化しきる前に、テッドは銃を放った。的確に頭を撃ち抜く。鮮血が飛び、ぱっくりと胴の部分まで切断された巨体が、またしても激しくのたうつ。
「……なっ、なに?」
テッドは目を見開いた。切断面に溢れた血液が、みるみるうちに凝固する。固まりながらその中央が、もこもこと蠢く。まるで溶岩が吹き出ているかのように盛り上がり、固形となり、またその上を覆う。溢れ出る血が瞬時に肉と化し、ジアヌの体を作っていく。
「うそ……だろ……」
低くテッドが唸った時、ジアヌは完全な姿を取り戻していた。
「となれば、そこか!」
呆気にとられるテッドの脇を走り抜け、オラムがまた空に舞った。うねる胴体のもう一方の端を狙う。鈍い音を長く残して、オラムの斧がジアヌの胴を裂く。
「くそっ、また逃したか」
オラムの舌打ちに、テッドが声を重ねた。
「どうする気だ? 何を狙っている? あの化け物を、どうやって倒す?」
「やつの頭を狙う。そこだけは再生できない。だが、単に首を落とすだけではだめだ。縦に裂くようにして――」
そこまで言って、初めてオラムは顔を上げた。テッドを睨み、罵るように叫ぶ。
「何をぐずぐずしている。行けと言ったろう! すぐに離れろ。私の近くに来るな!」
「はいそうですかって」
オラムの側まで走る。
「逃げれるかっつーの」
だが、後一歩に迫ったところで、テッドは足を止めた。ただならぬオラムの表情の変化に、固まる。
「まずい、やつめ、いったん離れたな」
オラムが、上ずった声を出した。血走った目がぎらりと光る。
「奥の手を出してくる気だ」
「奥の手って?」
「音だ」
ひどく乾いた声で答えながら、オラムはテッドの胸倉をつかんだ。軽々と片手で持ち上げ、そのまま岸へ投げ飛ばす。
「――痛っ」
したたかに腰を打ちつけて、テッドは呻いた。
「何てこと……しやが……」
テッドの耳に、恨めしげにそう言う自分の声と、別の音とが飛び込んできた。ギリギリと、ガラスに爪を立てるような不快な音。大きくはないが、思わず耳を塞ぎたくなる種類の音だ。顔を顰め、痺れの残る腰を摩りながら立ち上がったテッドは、その音の方向を見た。
沼の上に、ジアヌの半身が露となっている。全長三十メートル、太さは直径四十センチくらいありそうだ。頭と尾は、胴の部分よりさらに一回り大きく、同じ形をしている。目、鼻腔、口、ちゃんと尾の部分にも一揃い、機能しているかどうかは定かではないが付いている。どっちがどっちだか、全く区別がつかない。だがここまでは、これまでの戦いの最中、認められていたことだ。問題はその側面。体半分以上を水面に出すことで、初めて存在の分かった鰭のようなもの。それが体のラインに沿ってびっしりと生えている。それらを水際ぎりぎりの位置で動かし、擦り合わせて、この不快な音を出しているのだ。
これが、オラムの言ってた奥の手か? 確かに、集中力は削がれるが。
テッドはゆっくりと銃を構えた。
右か、左か。考えても無駄だな。勘で行くぜ――よし!