蒼き騎士の伝説 第二巻 | ||||||||||
第十三章 ビルムンタルの沼(3) | ||||||||||
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青銅の円盤、心もち端の部分を、跨ぐようにしてオラムは立った。腰をかがめ、円周に沿って軽く塵を払う。比較的、隙間の多い部分に両手を差し込み、そのままぐいっと力を込める。錆びついた扉が、一応の抵抗を試みる。だが、それも束の間のことであった。最後に鋭く高い悲鳴を上げると、扉は床から引き剥がされた。
しばらくそのまま静寂が続く。姿を現した新たな空間を覗き込んだ状態で、二人の動きが止まる。ようやくオラムが手に持った扉を放り投げ、そのけたたましい音に重ねて声を出した。
「で、どうする?」
「どうするもなにも」 テッドは頭を掻いた。
「何とかして、ここを降りるしかないだろう」
「私が聞いているのは、その何とかの部分だ」
腕を組み、憮然とした表情でオラムが言い放った。それには答えず、テッドは穴の縁にしゃがみ込んだ。
暗闇だけが、そこにある。期待していたもの、あるだろうと思っていたものはなかった。階段はおろか、はしごすらない。ペン型のライトで照らしてみるが、底は見えない。五十メートルほどの照射距離があるにも関わらず、光は終着点を見失ったまま朧げに消えている。
空間の壁を照らす。もしそこが、あの前に見た塔のように石造りであれば、まだ救いはあった。石と石の隙間を利用して、何とかオラムだけでも、降りていくことが可能であっただろう。が、光に映し出された壁は、恐ろしいほどの強さでそれを跳ね返している。鏡のように研磨された表面が、眩しい。
小さく頭を振り、立ち上がる。レイナル・ガンを取り出す。
「とりあえず、少しだけでも降りてみる」
「降りる? どうやって?」
組んでいた腕をほどきながら、オラムが尋ねた。
「これで」
テッドは銃のグリップ部分をスライドさせ、ワイヤーロープを取り出した。
「底には届きそうにないんだが、とにかく下の様子を見てみないことには」
「お前は、いろいろと珍しい物を持っているんだな」
「感心するのは結構だが、急に本業に戻ったりしないでくれよ」
「ふん」
オラムが不満の意を込めて、大きく鼻から息を吐き出した。その拍子に、いや、実際は無関係なのだろうが、ちょうどそのタイミングで、テッドは幻を見た。
まだ、ジアヌの毒が抜けきれてないのか?
慌てて目を擦る。だが、幻は消えない。つま先から三十センチは離れていたはずの穴の縁が、ぎりぎりの所まで迫っている。床に、より大きな空洞ができている。
「穴が……」
救いを求めるような声で呟きながら、顔を上げる。テッドはそのまま凍り付いた。大きく目を剥き、顔を引き攣らせて穴を見つめるオラムの姿が、そこにあった。
幻じゃ、ない――。
思うと同時に、体が宙に浮いた。為す術もなく、床いっぱいに広がった空間に呑まれて行く。
どこまでも、果てしなく、落ちる。
そして、意識が、意識が……。
途切れた。