蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十四章 流浪の民(1)  
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「でもまさか、このままでいいと思ってるわけじゃないんだろう? 確かにリーマは器量もいいし、なんと言っても隊一番の踊りの名手だ。だがねえ、年が年だろう? 確か十八じゃなかったかい、リーマは」
「そう……だけど」
「たくさんの子供を産み、育てる。それがキャノマンの女の仕事だ」
 アーレンはそこで、軽く顎をしゃくった。ソンニにはそれが見えなかったが、気配は感じた。顔を動かす。視覚ではなく、聴覚で捉える。くたびれた耳では、いずれも水底で聞くかのようなくぐもった音でしか入ってこないが、それが何であるかははっきりと理解できた。子供達の笑い声。赤ん坊をあやす母の声。この馬車には、リーマとその赤ん坊の他に、十四人の子供と三人の母親が乗っていた。
 キャノマンの女は、普通十四か十五までには結婚し、十人近い子供を産むのが常だ。そのうち、十三歳の成人の日を無事に迎える者は、半分にも満たない。まだ赤ん坊のうちに死ぬものも多い。正直、ソンニにはその心配もあった。
 明るく振舞ってはいるが、カラディアを突然の事故で失ったリーマの心は、今もぽっかりと大きな穴が開いている。それが分かるからこそ、無理に新たな夫を宛がうような真似はしたくないと思っていた。でも、最近のリーマは、その穴を愛娘で埋めようとしているように思えてならない。確かに赤ん坊は、リーマの心を満たしてくれるだろう。だが、リーマの心が我が子だけでしか救われないとしたら。しかもたった一人、ルシュだけでしか癒されないとしたら。想像するのも恐ろしいことだが、その唯一のものが失われてしまった時、リーマは一体どうなってしまうのか。
 手の中の布を小さく丸めながら、ソンニは思う。
 やはり、早く身を固めさせた方がいいのかもしれない。確かシトーム弾きのタクトが、あの子に想いを寄せていた。快活で男前だったカラディアに比べると、かなり見劣りするのは否めないが、気持ちは優しい男だ。アーレンの言う通り、ここは少し強引に進めてみようか。最初は気がなくても、長く連れ添ううちに、自然と好ましく思えてくるものだ。あの子には両親がいない。わたしがちゃんと、まとめてやらなければ。
 いったんそう決めると、一刻も早く事を進めた方が良いような気がして、ソンニは声を出した。
「アーレン、アーレン」
 何かにせっつかれるような思いで言う。
「確かにあんたの言うとおりだよ。リーマにちゃんと、話してみるよ」
「ああ、それがいい」
「じゃあ、早速話をしなくちゃ。すぐに呼んできておくれな。そこに、トパスはいるかい?」
「何も、そんなに急がなくてもいいだろう?」
 名前を呼ばれて振り返った少年に、笑顔を向けながらアーレンは言った。
「すぐ戻ってくるさ」
「そう……だけど」
 ソンニはもごもごと言葉を窄めた。アーレンは正しい。何もそんなに慌てる必要はない。なのに、何故だか分からないが、気が急いてしょうがないのだ。早くリーマと話がしたい、というより、早くリーマをここに呼び戻さなくてはという思いが、ソンニの心を占める。
 リーマ、リーマや――。
 射し込む光が少し翳ったような気がして、ソンニは音にならないほど小さな声で呟いた。見えない目で、幌の外を見つめる。篭もった音の一つ一つに耳を澄ます。
 やがてソンニは、その痩せた細い肩を落とすと、手の中の丸まった布を丁寧にたたんだ。そしてついた皺を伸ばすように引っ張る。力を緩め、方向を変え、また強く引く。
 憑かれたように、ソンニはそれを何度も繰り返した。

 

 
 
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