蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十四章 流浪の民(2)  
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 タクトの悲痛な叫びが、少しだけリーマに力を与えた。起き上がる。だが、すぐに気が遠のく。景色が翳む。
 大丈夫。
 全ての感覚が薄れ行く中で、リーマは思った。
 隠した赤ん坊は、ここからまったく見えない。夏の盛りの草丈が、きっと上空のハクドヌンからも彼女を守ってくれるだろう。大丈夫、きっと大丈夫……。
 坂を転がるように、意識が落ちる。タクトの声がまた響いたようだが、よく分からない。見つめる地面に映る影が、面白いほど急速に大きくなる。
 長く尾を引く悲鳴が、風となって草原を走った。ハクドヌンの翼が、激しい音を立てる。鋭い鉤爪が、怒りに満ちて地を蹴る。が、その時間はほんの一時であった。どうっと地響きを立て、巨鳥が草の海に沈む。タクトは、その一部始終を見ていた。
 最初にリーマの名を呼んだ時、草原の彼方に動くものを捉えた。矢のように、いや、もっと速く。山頂から顔を出した太陽の光が、地平めがけて駆け抜けるような、そんな速さでこちらに向かって来た。近付くにつれ、それが二人の騎士だと分かる。共に、空より蒼い鎧を纏っている。紛れもなくそれは、キーナスの蒼き騎士の姿。
 一人が、手に持っていた剣を構える。馬上から狙いを定め、投げる。剣は見事に右翼を貫き、苦しげな声を放ちながら巨鳥は空中でもんどりうった。地に落ちる。だが、命は消えない。傷付いたハクドヌンは、より狂暴な目を光らせ、リーマを執拗に狙った。彼女の体ごと地面を抉らんと、鉤爪を高く掲げる。
 その時、不思議なことが起きた。一瞬ではあったが、まるで時が止まったかのように、巨鳥が足を振り上げた姿勢のままで凍り付いた。そしてそのまま、斜めに傾く。体を捻るように曲げ、自ら頭を刃の元に差し出す。もう一人の騎士、風のように駆けてきた、漆黒の髪を持つ騎士の剣の元に。
 白銀の軌跡が、黄金に煌く。光がハクドヌンの首に、確かな印をつける。声もなく、ハクドヌンは倒れた。自分が死したことすら、気付かなかったのではないだろうか。そう思わせるほど、一連の光景は穏やかだった。
 騎士が馬から降りる。右膝をつき、草むらにかがむ。ゆっくりと、リーマの上体が起されるのを見て、タクトはようやく体の緊張を解いた。
「大丈夫?」
 柔らかな声に促され、リーマは目を開けた。見つめる漆黒の瞳の中に、星が見える。なんて綺麗な目、と意識の遠くで思いながら、立ち上がる。
「大丈夫?」
 声と共に添えられた優しい感触の手を振り払い、よろよろと歩く。
「ルシュ、ルシュ、あたしの赤ちゃん」
 心の呟きが、うわごととなって外に出る。
「大丈夫だよ、ほら」
 崩れ落ちそうになるところを抱きかかえながら、その騎士が囁いた。示された方に顔を向ける。栗毛の馬に乗った騎士が近付いてくる。その腕の中で、リーマの宝が力強く存在を音にする。
「ルシュ、ルシュ!」
 リーマは泣き叫ぶ赤ん坊を、しっかりと抱いた。頬を寄せ、その温もりに涙する。熱い雫が伝わり落ちる。
 ルシュの泣き声が、一段と大きくなった。それはどこまでも高く昇り、天へと溶け入った。

 

 
 
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