蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十四章 流浪の民(3)  
               
 
 

 明々と燃える篝火が、ユーリ達の目に飛び込んできた。大鍋の側にあったものと比べると、やや小振りだが、それが九つ連なり、大きな半円をかたどっている。懐には、同じ形の板床。高さは二十センチほどだが、奥行きは、深いところで十メートル近く、幅はその倍。立派なステージだ。
 舞台の左奥には椅子が三つ並べられ、男達が座っていた。三人とも、手に楽器を抱えている。右側の髭面の男が持っているのは、横笛だ。軽く試すように、その笛が音を奏でる。
 高い音。だが、その輪郭が素朴だ。鳥の囀りを思わせる優しげな音と、男の厳つい顔が、あまりにも似つかわしくなくて、ユーリは少しおかしさを覚えた。
 その耳に、新たな音が加わる。真ん中の男がリズムを刻む。面白い楽器だ。大きな木をくり貫いたかのような円筒形の土台の上に、長さの違う石板が並んでいる。それを、爪のような金属系のものをつけた指先で弾く。弾かれた音は土台を通り、より大きく、より柔らかに変化して、下部の隙間から漏れ出ていた。リズム楽器でありながら、石板の数に見合った音程があるため、その音楽を複雑に、豊かにしている。
 しかし、それらよりも、彼らの音楽において主を占めるのは、一番左端の楽器であろう。形や作りはギターに似ている。音色も同様だ。ただ、弦の数はどうやら違うようだ。耳で捉える限り、そしてここから見える限りにおいて、定かな数は分からないが、明らかに多い。そのためか、この楽器の表現力は、他を圧していた。いや、それだけではない。奏者の技術の高さが、この楽器が奏でる音楽を、類まれなものにしていた。
 甘く、切なく、時に激しく。弦の領域を越えたかのような、多様な音色を爪弾く男に、ユーリは見覚えがあった。リーマを助けた時、真っ先に駆けてきた男。涙を浮かべながら、何度もユーリ達に礼を言った、タクトという男。余分な言葉はなかった。ただ繰り返し、ありがとうという言葉を並べた、そんな朴訥な青年。
 楽の音が、不自然に止まる。楽士達は椅子から立ち上がり、共に一方向を見ている。その視線の先を追う。
 ユーリは目を見張った。その瞳に、ステージに駆け上がるリーマの姿が映る。
 光沢のある真紅のドレス。褐色の肌をより際立たせる、炎のような赤だ。肩は大きく開いている。黒髪が銀の髪飾りによって束ねられ、片側の肩に落ちているため、結果的に、首筋から肩にかけての美しいラインを余すところなく見せている。そのラインは衣装越しに腰周りまで続き、幾襞にも分かれたスカート部分に繋がっていた。スリットから覗く艶かしい素足は、前がちょうど膝の辺り、後ろはしなやかに締まった足首の少し上の辺りで、完全に露となっている。左の足首には銀の鈴が連なり、動くたび澄んだ音色を放っている。
 彼女を初めて見た時、ユーリは美しいと思った。だがそれよりも強く、彼女を可愛いと感じた。赤ん坊を抱いている姿も、どうかすると、年の離れた姉妹と思えなくもない。それが、この時までの彼女の印象だった。
 しかし、今、舞台の上に上がった彼女は、違う種類の美を備えていた。艶やかで、妖しげな、魅惑的な美。色香という言葉があるが、まさに今を盛りと咲き誇る、大輪の花を思わせる甘い耀きがそこにあった。
 ステージ中央で、リーマが立ち止まる。右腕を大きく天に伸ばす。左手を腰に置き、体を横に向ける。右足を軽く折り、半歩前に出す。その姿勢のまま顔を正面に向け、俯き加減で構える。持って生まれた体の持つ曲線美と、そのポーズの持つ曲線美。柔らかく、しなやかに、空気が香る。時が、待ち焦がれるように息を潜める。

 
 
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  第十四章(3)・2